砂糖菓子の秘密





「全く寒いのなんのって…。雪でも降るんじゃないのか?」

キャゼルヌ家の主が帰宅と共に発した第一声がそれだった。
雪さえ降ってはいないが明日の朝には一日遅れのホワイトクリスマスになるのではないかというくらい外は冷えていた。

「そうですねぇ。でも天気予報ではそうは言ってはいませんでしたよ」
「それは俺も知ってるがね。予報も外れるんじゃないのかってくらいには寒いよ」
「確かにヒーターの温度も今年最高にしてますからね」
「それより子供たちは?もう寝てるのか?」

キャゼルヌ夫人が夫の脱いだジャンパーをハンガーに掛けながら溜息を吐く。

「もう寝てますよ。何時だと思ってるんですか」

確かにそうだ。
職場を出るときには既に午後9時を廻っていた。それから職場があるビルの1Fで別段話したくもない相手と遭遇してしまい思わぬ手間も取ってしまった。
本来ならクリスマスは子供たちと家族で過ごす約束をしていたから、恐ろしくて今まで時計を見ることもしなかったが、おそらく午前様にはまだ少し間がある程度の時刻にはなっているかと予測された。

「だろうな」

あえて逆らわず夫人の言に頷いた。
毎年クリスマスの時期は年末が近いということもあって事務方の仕事の繁忙期でもある。妻からは安易に子供たちと約束はしないで欲しいと毎回念を押されるのだが、二人の娘の父親としてはどうしても甘くなってしまうのも現実だ。今回もクリスマス時のイベントのごとく娘たちと約束をしてしまっていたのだが、案の定この始末である。

「夕飯は取られたんですか?」
「いや、まだだ」
「食べられます?」
「ああ、そうするよ。何せ朝を食べて以来だからな」
「じゃあ、着替えたら食べてください。それまでに温めておきますから」
「そうさせてもらうよ」

そうは言ったものの、着替えが終わり帰宅したという安心感がキャゼルヌを支配すると娘たちの顔が見たくなった。自然、足が娘たちが寝息を立てているであろう寝室へと向かってしまった。それを素早く察知した夫人がキッチンから首を出して起こさないようにと注意するが、それには適当に相槌を打ち、そっと二人の娘たちが寝息を立てる寝室を覗き込みキッチンへと移動した。

「ん?なんだ?」

綺麗に片付いたダイニングテーブルの上に籐製のカゴが乗っていた。
覗いてみると、赤と緑の2枚のペーパーナプキンが交差するように敷かれた上に星形のクッキーがいくつも入っていた。

「ああ、それですか」

夫人がカウンターから首だけをこちらに出して食べてみてくださいと目を細める。
ならばと一つ口に放り込み噛みしめると恐ろしいほどの糖度が口内に広がった。
瞬間にして妻が作ったものじゃないなと判断されるほどの甘さだった。

「これは誰かからの貰い物か?」

思わず顔をしかめ言ってしまったが、その後に続いた夫人の言葉にキャゼルヌはひどく後悔することとなった。

「あの子たちが作ったんですよ。貴方の為に」
「はあ?」
「シャルロットがね。糖分は疲れに良いらしいと学校で聞いてきたみたいで」
「シャルロットが!?」
「ええ、そうですよ。それであの子たちが二人で作ったんですよ。誰の力も借りずにね。娘たちからあなたへのクリスマスプレゼントですよ」

知らなかったこととはいえ、娘たちの好意に何ということを思ってしまったのか。
まさしく後の祭りだった。

「お前は手を貸さなかったのか?」
「貸しませんよ。だって二人でやるっていうんですもの。まあ、でもオーブンを使う時だけは手を貸しましたけどね」
「それにしても…」

この甘さはひどすぎる。
キャゼルヌはその先は言わずに別の質問を妻に投げかけた。

「で、お前は味見してやったのか?」
「ええ。しましたとも」
「それが…」

これか。

「何とも思わなかったのか?」
「何をおっしゃるんですか、あなた」
「何をって…」
「まずいとでも?」
「そんなことは思っちゃいないさ。だけどな…」
「甘いと?」

その通りだ。
正直に肯定してしまえば妻の逆鱗に触れるかもしれないと思いつつも恐る恐る頷いた。

「あの子たちがあなたを思っての甘さですよ。勘弁してやってくださいな」

その言葉を聞いてしまえば何を反論することも出来ないくらいにはキャゼルヌは娘たちを大切に思っている。
彼はあっさり降参した。
それにこの現実的な甘ささえなければ涙が出るほど嬉しいクリスマスの贈り物である。

「常日頃娘たちとの約束を破ってばかりいる父親にはもったいないくらい素敵なプレゼントだと思いますけどね」

キャゼルヌは答えず、甘いクッキーをもう一枚口に放り込んだ。



<END>



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