小さな贈り物





「もうすぐクリスマスよね!」
「そうみたいね」
「なに?その気のない素振りは」
「別に」

そんな会話が交わされたのが1週間前。
世の中クリスマスが近くなると途端に慌ただしくなるものだ。
彼氏がいるなら彼氏と、家族がいるなら家族と。
この特別らしい日をそうして過ごすのはどうやら一般的であるらしい。

「私の場合関係ないから!」

思いきり断言してしまった私に友人は冷ややかな視線を送ってきた。
そして横目で私を見ながら、いるでしょ高給取りの彼氏がと嫌みな言葉。
そんなことを言われてもそれが現実なんだから仕方がない。
高給取りかどうかは知らないが、あいつはクリスマスを書類と一緒に過ごすはずなのだから。


カリンの携帯ビジフォンが鳴ったのは時計が午後9時の合図を知らせて半時ほど過ぎた頃だった。
こんな時間に誰だろうとディスプレイを見るとそこに表示されていた数字は『あいつ』の番号と名前を示すものだった。
取ろうかどうしようか迷ったが、結局取ってしまった。

「僕だけど。カリン?」
聞きなれた声がスピーカーを通じて流れてきた。

「そうだけど」

わざとぶっきらぼうに答えると通話口の向こうで彼が苦笑するのが分かった。

「これからちょっと行っていいかな?」

遠慮がちに尋ねてはくるが、おそらくダメだと断っても彼はやってくるに違いない。
そして自分はそんな彼にああだこうだと文句を言いながらも結局は自宅に招き入れてしまうのだ。だったら最初からそうすればいいのに時間の無駄だと思いながらも毎回やってしまうのは素直じゃないからだ。

「どうせ断っても来るんでしょ」
「まあ、そうだけどね」
「いつものことよね」

「だって君入れてくれるでしょ?」

とユリアンはあえて言わなかった。
言ってしまったら言ってしまったで、ああだこうだとカリンが反撃してくるのは目に見えている。というかこれまでの経験で知っている。
ただでさえ寒風吹きすさぶ中での通話であるのに、これ以上こんな寒い所にいたら身が持たない。まして時間を無駄にするつもりもなかった。第一彼女の家はもう目の前だ。

「じゃあ切るね」

それだけ言ってさっさと電話を切ってしまった。
電話口の向こうで彼女が何事か言っていたが正直どうでもいいくらいには寒かった。


「ちょ!ユリアン?ユリアン!」

電話は既に切れていた。

「なんなのよ。もう!」

苛々しながらもカリンの視線がテーブルの上に移動する。
そこには食べかけのケーキと飲みかけのシャンパンがわが世の春を謳歌していた。
今日の仕事帰りに買ってきて、今の今まで半ばヤケクソ気味に食していたものだ。
しかし、どうしたものかと片づけに取り掛かった時には遅かった。
玄関のインターホンが彼の来訪を高らかに宣言したのだ。

「いいか。どうせあいつだし」

まるで自分に言い聞かせるように呟くと玄関に向かった。

「ごめんね。こんな時間に」

ドアを開けると案の定、寒さで頬と鼻の天辺を僅かに赤く染めたユリアンが立っていた。

「いいけど。別に…」

ぷんとそっぽを向いて答えてやると、亜麻色の髪の青年が呆れたように眉を下げるのが視界の端に見て取れた。

「入れば?」
「いいの?」
「そのために来たんでしょ」
「それもあるけど…」

言いながらユリアンは軍用ジャンパーのポケットをごそごそとまさぐった。

「これを渡したくてさ」

差し出した掌にはクリスマス用にラッピングされたものだろう赤い包装紙に緑のリボンが掛けられた小さな箱が乗っていた。

「これ?」

カリンの瞳がぱちぱちと数回瞬いた。

「うん、これを君にと思って」
「これって…」
「気に入ってもらえるかは分からないけど」

自分で選んだ物だからセンスは怪しいんだと照れたように空いた片手でユリアンは頭を掻いた。

「いいの?」

先ほどまでの怒りは何処へやら、遠慮がちに上目遣いでそう言うと贈り主がコクンと一つ頷くのを確認してそっと受け取った。
冷たい掌から移動した小箱はまるで今まで彼と一体であったということを主張するように冷えていた。

「開けていい?」
「うん」

カリンは慎重にリボンを解くと、ゆっくりと箱を開封していった。
そして、小箱の中身を青紫色の瞳が視認した時、その瞳が見る間に輝いていくのが見て取れてユリアンは心の底から喜びが込み上げてくるのを感じずにはいられなかった。

「気に入った?」
「え?」
「僕から君への贈り物」

その一言を聞いた途端カリンの耳が熱を持ち、瞬く間にその熱が顔面を支配する。

「あんたっていつもそうね」

憎まれ口風になってしまうのはいつものことだ。
まただと自分の切り出し方に嫌気が差しながらもカリンは自分を止めることが出来ないし、ユリアンもまたそれを受け入れる。

「私を怒らせるのも世界一だけど、喜ばせるのも世界一なんだわ」
「そうかな?」
「そうよ」
「そう…かもしれないね」

カリンの温かい身体がユリアンの冷たい腕の中に吸い込まれ、二人の体温は一体となった。



<END>



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