続・走る赤い変質者





「そもそもはあのお二方が言いだしっぺなのです!」

バイエルラインが声を上げる。
後ろでは思わぬサンタさんの登場に興奮気味のフェリックスが貰ったプレゼントを掲げ周囲の様子など目に入らない様子できゃっきゃっと楽しげにはしゃぎ回っている。

あの後、ミッターマイヤーはどう頑張ろうともバイエルラインにしか見えないサンタを家に上げてやった。といってもフェリックスにプレゼントを渡したのを確認すると一度はその門を閉ざしたのだ。しかし例年にない寒さの中を可愛い部下が赤い服を着たまま、背中には空になった大きな袋をぶら下げて、とぼとぼと帰っていく姿を想像すると居ても立ってもいられなくなり、すぐさまその後を追い掛け捉まえた。かといってそのまま家に上げてしまったのでは可愛い息子にその正体がバレてしまう恐れがあった。だからあえて書斎の窓から入れと命令し、部下はそれを実行した。幸いバイエルラインは赤いコスチュームの中にサンタの体型を少しでも表現すべく軍服を纏っているという。即座に赤い上下は脱げと再びの命を下し、ここでも忠実な部下はそれに従った。そして漸くバイエルラインはミッターマイヤー家の暖の入ったリビングに進出することを許されたのである。

「どういうことだ?それにあの二人とは?」
「閣下はご存じないのだ」

バッとうつむいたバイエルラインの膝に乗せた両手がぷるぷると小刻みに震えている。
ミッターマイヤーは思案気に顎に右手をあてると、だからどういうことなのだと部下を問いただした。

「しかし…」
「それでは分からないではないか。そもそも俺は卿が今日あのような格好で訪ねて来ることなど知らなかった」
「当たり前です。所謂サプライズというやつでしたから」
「サプライズ!?」

信じられぬというようにミッターマイヤーが声を張り上げると、後ろではしゃぐフェリックスの動きがぴたと止まった。側に付いていたハインリッヒに慌てて目配せして部屋に下がらせるようにと促すと、養い親に忠実な少年は何事かをフェリックスに耳打ちし二人そろってリビングを辞去していった。
その後ろ姿を見送り扉が閉まるのを確認すると漸くミッターマイヤーは一息吐きながらにドスンとソファに腰を落ち着けた。

「で、どんなサプライズだというのだ」
「どんなと言われましても…」

ここに及んでも部下は言葉を濁した。普段上司に隠し事などしない輩とは思えぬほどの徹底ぶりだ。余程『あのお二方』が怖いのか。

「いいかバイエルライン。そもそもあのような格好で当家を訪れるなど不審者と見なされても文句は言えんのだぞ」
「分かっております」
「だったら理由<わけ>を言ってみろ」
「しかし…」

いつになく強硬な男に成り果てている。
ミッターマイヤーは素直にそう思った。
考えるにバイエルラインが恐れる人間などそうそういるはずがない。直属の上司である自分を恐れるならまだしも、この場合恐れているのは自分ではないのは明白だ。
だったら他の提督かと思案してみても、やはり見当が付かない。自分以上に彼を頑なにさせる相手がいるとは思えないのだ。しかし考えられる人物に心当たりが無いわけでもなかった。だがそれではあまりにバイエルラインが気の毒だし、自分の忠信にも亀裂が入る恐れがあり口に出すのは正直避けたかった。それでもその人物に注意を促すためにもここは吐いてもらわねばなるまい。
ミッターマイヤーは決意した。

「その人物とは…」
「はい」

縋るように上目遣いに見上げるダークブルーの瞳が痛々しかった。

「皇帝陛下もしくは皇太后陛下なのか?」

口に出した途端バイエルラインの表情が一転した。
やはりそうかと我が意を得た疾風ウォルフの嬉々とした表情は、次の瞬間全く違う種類のものに取って代わる。

「ち、違います!ミッターマイヤー提督!何と畏れ多いことを言われますか!?」

背筋を海老ぞる程に伸ばしこれでもかと両手を顔の前で振り否定する。今にも全身から汗の粒が飛び出しそうな勢いだ。

「では一体誰なのだ。そしてサプライズとは何なのか」

内心舌打ちを禁じ得ずにミッターマイヤーは軍部一公正明大な提督の名を手放そうと思われるほどには苛立ちを感じ始めていた。
そしてそれは長年彼の元で働いてきたバイエルラインにも容易に伝わり、彼は漸くしどろもどろに述懐を始める。

「小官は逃げようとしたのです」
「何から?」
「その発案からです」
「その発案とは?」
「ですから先ほども申しましたサプライズからです」
「だからそれはどういう…!」
「日頃お世話になってるミッターマイヤー提督のお宅を息子さんの為に25日の夜に訪れるというサプライズです!」
「それがあのサンタだと?」
「はい。サンタの格好で…ということでしたので…」
「だが卿は逃げようとしたと?」
「ええ。だって許されるはずがありませんよ!しかも正体がバレてはいけないからとお宅の半径500メートル外からサンタの格好をしろと言われたのです」
「それで?」
「だから逃げようとしました。ありとあらゆる手を使って。初めから常識外なのです。提督のような方のお宅をアポもなしに普段と違う姿で訪れるなど。先ほど提督も言われました。逮捕されても文句は云えないと。確かにそうなのであります!ですから当日は一緒に過ごす人がいるとか、抜けられない仕事があるとか…とにかく小官は嫌だったのです!しかしその悉くが調べ上げられ嘘だと見抜かれ…」

必死に訴えるバイエルラインの姿はより一層憐れみを帯びて見えた。
今、ダークブルーの瞳が潤んでいるように見受けられるのも気のせいではあるまい。それでもこの男は健気にもそれを己の努力で耐えているのであろう。
ミッターマイヤーは同情するように大きく一つ息を吐き、蜂蜜色の頭を掻きむしった。

「卿の言い分は分かった」

その瞬間バイエルラインの瞳が涙のせいではない彼本来の輝きを取り戻す。

「だが先ほどから明確にならない点が一つだけある。誰がお前をそこまで追い込んだのだ。それを知らなくては何の解決にもならないのではないか?」

すると再びかわいい部下の姿に重く黒い暗雲の影が瞬く間に広がり包んでいくのが手に取るように分かった。
ミッターマイヤーは見えない相手に僅かばかりの憎悪を覚えた。
どんな手段を使えば戦争だの権力闘争以外でここまで人を困らせることが出来るのだろうか。

「言ってみろ。卿のその様子では俺が知らない相手でもあるまい」
「しかし…」
「後悔はさせん。そうすれば卿も楽になるし、俺だって手の打ちようがあるのだ」
「はあ…」
「俺を信じろ!」

敬愛する上司の一言にバイエルラインの唇が小刻みに震えると動きを見せ始める。
ミッターマイヤーは見下ろすような鋭い視線で部下の自白を無言で促した。

「…ミュラー提督とキスリング隊長です…」

弱々しいながらもハッキリと言い切ったバイエルラインの肩が力を失ったようにがくりと垂れ下がるのが疾風ウォルフの瞳に確実に捉えられた。



<END>


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