捧げる祈り





「ねえ、ナイトハルト。私、大通りのツリーが見たい!」

待ち合わせ場所に現れたフィリーネがそう言った。
吐く息が真っ白だ。

「ツリー?」
「ええ。とても大きなクリスマスツリー。あるでしょ?」

今夜は雪になるだろう旨の報告が上がっていたのは昼間のことだったかと考えながらミュラーは黙って頷いた。

「電飾がたくさん付いてるんだけど、私まだ昼しか目にしたことないから」
「行ってみたいと?」

言葉をそう繋いでみせると青い瞳がほころんだ。

フェザーン市街の中心に位置するだろう大通りはこの時期色とりどりのイルミネーションで覆われる。中でもフェザーン屈指の百貨店の広場に植えられた天然のモミの木のクリスマス用装飾はそれは見事なもので、毎年多くの人々がそれを見るためだけにわざわざ夜の帝都を訪れる。

「わあ!」

フェザーン中央部の夜の名所ともいえるクリスマスツリーを初めて見たフィリーネがミュラーの傍らで歓声を上げた。
天辺に銀の星を頂き、青と白を基調とした電飾で彩られたツリーは華やかでいて何処か上品な趣を感じさせるものだった。
思い起こせばミュラー自身もこんなに間近でこの時期に此処のツリーを見るのは初めてだった。その大きさと荘厳さに圧倒されるのを感じずにはいられない。

「どう?初めて見る感想は?」
「すごい!すごいわ!ハイネセンにも同じようなツリーはあるけど、全然違う!」

まるで魅了されたかのように目を輝かせ、興奮気味に思ったそのままを語るフィリーネの横顔はツリーの電飾を反映して青みを帯びていた。
ミュラーはそんな彼女を砂色の瞳を細めて満足そうに見守る。
と、フィリーネが突然瞑目した。

「フィリーネ?」
「……」

何事かと声を掛けるが彼女は自分の世界に入ってしまったのか無言で目を閉じ続けている。
長い金色の睫毛が冷気を含んだ青い影に浮かび上がり、ふとミュラーは彼女の閉じたまぶたに口づけを落としたい衝動に駆られた。
それでも此処が公衆の面前であることが頭を過ると彼の理性が本能を押し止める。
しかし肩を抱くことくらいは許されるのではないかと自らタガを外すと、そっと右手で彼女の肩を包み込もうとした。その時、フィリーネが瞳を開くとゆっくりと顔だけでこちらに向き直る。
ミュラーの心臓がドクリと一つ大きく跳ね上がり、肩を抱く寸前で止められた右手がビクリと小さく振動した。

「ど、どうしたんだい?」

こめかみに冷たい汗が流れる錯覚を覚えながら笑んでみせたが成功したかどうかは全く分からない。曲がりなりにも男女のお付き合いをしているのだから肩を抱くくらいどうでもいいことのように思えるのだが、未だにその感覚に慣れない。というより分からない。

「思わずお願いしちゃったの」
「え?」
「あまりにもあの銀の星がキレイだったから……」

フィリーネの人差し指が指し示す方向へ視線を動かすと銀の星があった。
ツリーのてっぺんに配された銀色の星のオーナメントだ。
模造品ではあるが美しく電飾されたツリーの上で燦然と煌めいている。

「あれに?なにを?」

自分と同じ青い影をまといながら砂色の瞳をてっぺんに向けるミュラーはまるで何も知らない少年のような口調で問いを発している。
フィリーネの顔がほころんだ。

「え?あ?なに?」

一向に返ってこない答えを不審に思い、相手に視線を帰すと彼女は穏やかに微笑んでいた。
途端に奇妙な質問をしてしまったかとミュラーは何故か恥じ入るより照れた。
フィリーネが小さく吹き出す。

「何でもない」
「しかし…」

砂色の青年の顔面が仄かに赤みを帯びて、瞳が動揺の色を浮かべている。

「ほんとに…」
「え?」

言いながらフィリーネはミュラーの右腕に自分の左腕を絡めた。

「何でもないの」

同時にぎゅっと力をこめ、身体ごと腕を抱きしめる。
そして目を丸くするミュラーを尻目に更に頭をもたせかけた。

「願っただけなの」
「フィリーネ?」
「ずっと平和であればいいと幸せであればいいと…」
「……」
「ずっと二人で一緒に…」

最後の言葉は聞き取れなかった。
それでも彼女が何を言ったのかミュラーには理解できたような気がした。




<END>


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