赤い変質者





ピンポーン。
12月25日、クリスマス当夜。
ミッターマイヤー家のインターホンが鳴り響いた。
「客人の予定はなかったはずだが…」
それとも何かのセールスかと当家の主であるウォルフガング・ミッターマイヤーは首をひねった。
「無粋なことだな」
たまたま得たクリスマス当日の休暇。
首席元帥を賜わり多忙を極めるミッターマイヤーが家族サービスをするのは久しぶりのことである。
やれやれとキッチンで夕食の準備に追われるエヴァを手で制し重い腰を上げると、幼いフェリックスがその足下で抱っこをねだった。
容易に身体を折り曲げ手を差し伸べると慣れた様子で幼児が父親の身体にしがみ付く。
ミッターマイヤーはフェリックスの小さな身体を己の肩にひょいと乗せてやった。
「ねえ、サンタさんかな?」
小さな空色の瞳が蜂蜜色の瞳目指して語りかける。
「さあな…」
目を細めて応えてやるが、彼自身は現実にはそんな人物が存在しないことも知っていたし、またそんなサービスを頼んだ覚えもなかった。
内心で首を傾げつつインターホンのモニターを覗き込んだ。
「サンタさんだ!!」
耳元でフェリックスが甲高い歓喜の声を上げると鼓膜がビーンと音を立てたような気がした。ぎょっとして息子を見れば瞳の中の空は雲一つない快晴だ。
「サンタさん……て」
もう一度モニターに視線を戻すと、確かに常夜灯の黄色い灯りに照らされた画面の中の人物は全身赤地に白のそれっぽい格好をしている。だが顔が判別できない。更にはまるでその正体を知られるのを恐れるように赤いサンタ帽のてっぺんの白いボンボン部分だけがこちらを向いている。
本当に我が家への扉を解放してやってもいい人物なのか。そうでないのか。
ミッターマイヤーには判断がつかなかった。
「ファーター!ねえ、サンタさんだよ!開けてあげなきゃ!!」
フェリックスが耳元で急かした。
「ねえ、ねえ」
どうしたものかとぐらぐらと息子に揺らされる頭をそのままに疾風ウォルフは思案する。
その間にもサンタさんというサプライズの来訪に幼児の興奮度は増し、比例するように蜂蜜色の頭部が激しく横揺れを繰り返す。
ミッターマイヤーは決意した。
例えセールスであろうと、はたまた我家を狙った強盗であろうと彼には腕に自信があった。実際の戦場を経験したこともある自分に敵うわけあるまい。家族は俺が守る。
そう自負し、玄関の扉を開いた。
「やっぱりサンタさんだ!!」
フェリックスの歓喜が極まった。
そこには白と赤のサ衣装に身を包み、白いひげをこれでもかと蓄えたサンタクロースが大きな白い布袋を持って立っていた。
扉が全開になった瞬間、サンタがニッコリ微笑む。
「わああああ」
息子が喜色満面の声を上げる。
が、ミッターマイヤーは迷った。
このまま知らないふりで扉を閉めてやろうかと。
そして同時に確信する。自分の考えは正しい。
サンタクロースはやはりいないのだ。
今、灰色の瞳に映るサンタクロース。

バイエルライン!!

ミッターマイヤーは声にならない叫びをあげた。



<END>



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