そうだ!見舞いに行こう〜ミッターマイヤー編〜





「どうだ。調子は?」
家族以外の人間で一番最初にミュラーの病室を訪ねたのはウォルフガング・ミッターマイヤーだった。
ミュラーは漸く自由が利くようになりつつある半身をベッドから起こし、彼を出迎えた。
「わざわざすみません」
しかし、まだまだ普段の倍近くの時間を掛けないと起きあがることさえままならない。片手で身体を支え、ゆっくりと動作しながらそう言うミュラーをミッターマイヤーは手で制する。
「無理はするな。卿には早く良くなってもらわねば困る」
冗談ではなく口にしながら、見舞いの花束をサイドテーブルに置くと傍らの椅子に腰かけた。
「しかし本当にこの度は…」
言いかけた謝罪の言葉はまたもやミッターマイヤーによって遮られる。
「その先も無しだ。とにかく身体を治すことに専念することだ」
そのキッパリとした口調から、もはや謝罪や贖罪の言葉は受け付けないという暗黙の提示が成されたのを感じ取ったミュラーは口を噤んだ。
「それにしても…」
ミッターマイヤーの灰色の瞳が室内をキョロキョロと見回す。
「何か?」
「いや、そうして動けない卿の世話はご両親が?」
「ああ。たまに母が来て面倒見てくれます。ろくに家に帰りもしない親不孝息子によくやってくれてます」
「それは感謝しなければならないな」
「はい」
「しかし、母上がいらっしゃらないときはどうしてるのだ?困るだろう」
「あとは病院側に頼ってます。身体が動かないというのは、本当に不便なものですね」
本気で困ったというように眉を下げたミュラーにミッターマイヤーは不意に思い立った疑問を投げかけた。
「卿には甲斐甲斐しく世話してくれる女性はいないのか?」
「は?」
年上で既婚の僚友の不意打ちにミュラーの目が丸く見開かれる。
骨折故に固定したはずの肋骨がミシリと音を立てたような気がした。
「親しくしてる女性はいないのかと聞いている」
「残念ながらおりません」
僅かばかりの痛みに耐えながら否定してみせる。
「卿ほどの人間であれば寄ってくる女性も多いだろうに…」
勿体ないとミッターマイヤーの口から嘆息が漏れた。
「私ほどと申されますと、それは…」
「年齢、社会的地位、そして人柄的にも何の問題はあるまい」
「さあ、それはどうなんでしょう」
断言するミッターマイヤーにミュラーは首をひねった。
「まあ、卿が女性に興味がないというのであれば話は違ってくるが…」
「そ、それは…違いますよ。多分」
何処か乾いた笑いを浮かべながら答える様子に一端は怪訝な表情をしたミッターマイヤーだったが、そういえばと胸中で思い直す。
ミュラーにはある噂があったことを思い出したからだ。
(ナイトハルト・ミュラーは昔手痛い失恋をしたらしい)
それはミッターマイヤー自身は小耳に挟んだだけで虚か実かの判断は容易に付きかねる類のものだったのだが、今の彼の様子を見れば案外噂だけではないようにも思えた。
しかし手痛い失恋とは穏やかでないようにも思える。
ミッターマイヤー自身は結婚するまで恋愛というものをほとんど経験しなかった。故に失恋という失恋も皆無に近い。だから、そこに『手痛い』が加わった時に人間はどうなってしまうのか。また、それはどういったものなのか。それはもはやミッターマイヤーの想像の範疇を越えていた。想像不能なのだ。
「それに、例えばロイエンタール提督だったりの所謂漁色家の皆さんが良い女性を独占されてるようなので…なかなか」
遠慮がちに言いながらミュラーが白い包帯を巻いた頭を掻いた。
「そんなものかねぇ」
腕を組み溜息を一つ吐いたミッターマイヤーは、病み上がりというには未だ縁遠いミュラーにあえてそれ以上事の子細を求めるようなことはしなかった。
多少ではない好奇心にも駆られたが、どんな人間にも表沙汰にしたくないことの一つや二つあるだろう。
明かしてもよいとミュラーが判断すれば向こうから何かのきっかけにでも話すこともあるだろう。
それが彼の結論だった。
「まあ、とにかく今はゆっくり療養することだ」
立ち上がりながら、ぽんと軽くミュラーの肩を右手で叩いた。
「そうします」
いつもの穏やかな笑顔で答えながらも安堵の色を隠し切れない若い僚友に別れを告げると、ミッターマイヤーは病室を後にした。

<END>


予定外です。予定外なんです。思いがけなくボロリと空いた時間。何もすることがなかったので携帯にポチポチ打ち込んでたら出来たシロモノです(笑)何故時間が空いたかはブログ参照ですwしかし、ポチポチやって出来た作品だけあって、どうも上手くまとまってないような気もします。が、これはこれで完成形だと思いUPしました。


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