そうだ!見舞いに行こう〜ビッテンフェルト編〜





「相変わらず湿気た顔してるな!」
ひょいと病室の扉から顔をのぞかせたのはビッテンフェルトだった。
「提督!?」
ミュラーが入院して以来、何度目かの訪問である。
「そんな暗い顔してましたか?」
「してた。してた」
苦笑気味に問うてみると、年長の僚友は頷きながらほれと何やら白い箱をミュラー向かって投げ落とした。
それは綺麗な放物線を描いてベッドに半身を起こしたミュラーの元にどさりと落下する。白いベッドクロスで隠された足上に落下を決めたそれを見てみれば、ケーキ店などでよく使われるギフトボックスだった。側面には店名らしきロゴも入っている。
「なんですか、これ?」
厚いクロス越しにもそれが持つ重みと冷たさが伝わってきた。
ミュラーはギフトボックスを持ち上げると、下から中身を確認するかのような動作をしたが当然のことながらその正体は計り知れない。しかし、所謂スウィーツと呼ばれる類の品であることは容易に想像できる。
それにしても、こういう繊細なものをまるでそうでないかのように扱うビッテンフェルトという人物は自分とは正反対の人種のように改めて思わせられる。
「プリンだ。プリン」
「プリン!?」
思わずミュラーはビッテンフェルトと箱を交互に見比べていた。
「なんだ、その顔は。俺がプリンを買っちゃ悪いか!」
本人も自分とプリンがそぐわな過ぎるということを自覚してるのか、ミュラーはその顔が赤面するのを見逃さなかった。
「いえ…でも、どうして?」
思わず漏れそうになる笑いを必死にこらえ、理由を尋ねる。
「今、巷で大流行している代物なんだとよ」
「これが?」
「ああ。連日長蛇の列らしい」
「それを、手に入れてきてくださったんですか?」
「ああ。でも、まあ、俺が直接出向いたわけではないがな」
「では誰が?」
「俺の麾下の誰かだ。決まってるだろう」
黒色槍騎兵<シュワルツランチェンレイター>の誰かが行ったのか。
ビッテンフェルトが買いに行く姿も想像しがたいが、部下の誰かというのも想像するのはなかなか手強い。
「噂では大層ウマイらしい。だから売れてるんだろうがな」
「では提督は食べられたことはないんですか?」
「ないに決まってる」
「なんだ、そうなんですか。では…」
と、このスウィーツが到底似合わない男にも食するのを勧めようとしたミュラーの思惑はあっさりと断念を余儀なくされた。
「俺はいい。お前が食え」
ビッテンフェルトの大きな手が全面に押し出され断固として拒否する意を示す。
「しかし…」
「しかしも何もない!甘いものでも食えば、ちっとはまともなるだろうよ」
「まとも?」
「俺は湿気た面は嫌いなんだよ。病院食ってのは身体の栄養的には万全だろうがな、どうにも薄味で精神衛生上は疑問が残る。因って、お前のその面もそこから来てると俺は踏んだ。食事制限は受けてないんだろ?だったら食え。全部食え」
「はあ…」
「甘いものでも食えば、ちっとはましになるだろうよ」
「そうですか、ね」
「うむ」
ビッテンフェルトは深く強く首を縦に振ると、ミュラーに背を向け病室の扉に手を掛けた。
「ちょっ、ビッテンフェルト提督!」
「なんだ?まだ何かあるのか?俺は存外忙しいんだ。手間を取らせるな」
振り向いたビッテンフェルトがさも迷惑だというように吐き捨てる。
「もうお帰りになられるのですか?」
「俺は辛気臭いのは好かん。因って、今のお前も好かん。こっちまで湿っぽくなる。だからこんなところは長居しないことに限る」
悪いかとこちらを睨んだ薄茶色の瞳には、しかし険は無かった。
「次までは少しはまともになってろよ」
それだけ言い置くと、こちらに背を向け片手を上げ辞去の意を示し出て行ってしまった。
ミュラーはしばし猛将の痕跡が残る扉を無言で眺めていたが、やがて視線を手の中の白い箱に落とすと、ゆっくりと手を掛けた。すると、中には何の変哲もないプリンが5つ。
しかし、それは案の定無事な姿を留めてはおらず、本来の淡いクリーム色の中に焦げ茶色のいびつなマーブルが混入するという無様な様相を呈していた。先ほどぞんざいに扱われたせいで底のカラメルが混じってしまった結果だろう。
「あーあ、せっかくのプリンが…」
ミュラーは呆れたように言いながらも目を細めた。
おそらくビッテンフェルト提督は自分の様子を心配してこれを持ってきてくれたのだろう。
そんなことを思うと、身の内から温かさがこみ上げてきた。
「ありがとうございます」
届くはずのない感謝の言葉を独りごちる。
それにしても5つも持ってくるとは。
ミュラーは僅かに肩をすくめると、普段あまり食することのない甘味の完食計画を頭に描つつ、最初の一つに手を掛けるのだった。

<END>


こちらもミッターマイヤー編に引き続き、思いがけなく空いた時間に…シリーズです(笑)どんだけ空き時間あったんだよっ!って話ですよね(爆)


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