求婚 U





「へえ、これが噂の年の差カップル!?」
昨夜、ミュラーから手渡されたケスラー元帥とマリーカの結婚式の集合写真。
それを手土産にフィリーネは、最近一緒に暮らし始めたというユリアンとカリンの新居を訪ねていた。
そして、幸せに溢れた写真を見せられたカリンの口から出た第一声がこれである。
「カリン。ダメだよ、そんなこと言っちゃ」
お客様に飲み物をと準備を始めたユリアンが背後から同居人をたしなめる。
「だって本当のことよ」
写真に見入りながらも反撃することは忘れないようだ。
相変わらずだなと思いながらフィリーネは、この年下のカップルを微笑ましい思いで見守る。
「でも幸せそうでしょ?」
「うん、それはいえてる」
カリンも今年19歳だ。
自分がこの年頃はとてもじゃないが考える隙さえなかったけど、平和になった今なら彼女もウェディングドレスを夢見る年頃なのだろうか。
そんなことを思いながら写真に見入るカリンと取り留めもない話をしていると、ユリアンが入れ立ての紅茶をテーブルに置いてくれた。
すると、それがきっかけだというようにカリンが顔を上げる。
「ねえ、フィルもさ、結婚とかしないの?」
突然の、それも正にタイムリーな話題にフィリーネの鼓動がドクンと一つ波打った。
余談だが、カリンは終戦以降、まるでユリアンに倣うようにフィリーネをフィルと呼び、敬語もいつしか使わなくなった。
そして、長年の友人であるかのように振る舞ってくれる。
それは早い時期から軍籍にいた為に同年代の親しい友人に恵まれないフィリーネにとってとても光栄なことなのだが、このカリンという少女はある意味容赦がない。
良く云えば率直なのであるが、きっと自分の今の状況を話せば何やかやと言われるに違いない。
だが、このカップルはフィリーネとミュラーの関係を知っているし、応援もしてくれている。
言わないわけにもいかないだろう。
言わないなら言わないで、それはまた後々問題になるに違いない。
そんなことを考えながら黙り込んでいると、案の定、カリンが攻めてきた。
「ミュラー元帥と付き合ってるんでしょ」
「うん」
「元帥の年齢とか考えると、フィルも結婚早そうだよね」
「なのかな」
「出ないの?結婚の話」
「うーん・・・」
「プロポーズとかされないの?」
「それは・・・」
どうしたものかと言い淀んでいると、カリンは女の勘なのか何なのかピンときたようである。
ぐいとフィリーネの前に顔を突きつけると、探るように目を細めた。
「されたのね。されたんだ。いつ?いつされたのよ」
「昨日」
仕方なく答えてやる。
「で、何て言ったのよ」
「とりあえず保留」
「ちょっと、どうしてよ。好きなんでしょ。どうして保留なのよ」
そんな女性陣、特にカリンの会話を半ば呆れつつ聞きながらユリアンは、ついにミュラーは実行に移したのかと一月前の出来事を思い出していた。

それは先月。
ユリアンがフェザーンを訪れたときのことだった。
滞在先のホテルにミュラーからTV電話<ヴィジフォン>が入った。
それは個人的に会いたいという旨の内容だった。
ミュラーとは時たま公私問わず顔を合わせていたユリアンだったが、そういう改まったような誘いを受けたのは初めてのことだった。
しかし、直感的にフィリーネ絡みのことだろうとは思った。
そして実際に会ってみれば、やはりそうである。
フィリーネに結婚を申し込みたいという。
だがミュラー自身もそうだが、おそらく彼女も自分達の立場を考慮するだろうということだった。
それにはユリアンも頷いた。
それでも、結婚は個人の問題であり、その時点で第三者が関与する必要はないとユリアンは思っていた。
だから、何故自分にそんなことを言うのかと問うてみた。
「何故でしょう」
ミュラーは笑ってあっさりとそう答えた。
「強いて言えば、前にも言ったかもしれませんが、貴方には報告しておいたほうが良いと思ったからです」
「それは・・・」
ユリアンは軽く絶句した。
「今回に関して言えば、例え彼女の承諾が出ても貴方の承諾がなければ結婚出来ないような思いに囚われたからでしょうか」
ひとしきり考えた後ミュラーはそうとも言った。
「まるで親に娘の結婚の承諾を得に行くようなものですね」
とユリアンは笑うしかなかった。
フィリーネはユリアンより3つも年長である上に血縁関係などまるでない。。
本来なら自分に承諾を得なければならないなどあるわけないのに、少なくともミュラーにはそう思えるのだろうか。
自分達はそんなに親密な関係に見えたのだろうか。
分からない。
分からないが答えははっきりしている。
「お二人が結婚するなら僕も祝福します。それに立場上とか形式上とか問題があるなら微力ながらご助力します」
と自分の思いをフィリーネの未来の夫になるかもしれない帝国軍元帥に告げた。

ユリアンはあの時のミュラーの笑顔が忘れらない。
そして、言葉の端々から漂う誠実さと真摯さも。
おそらくミュラーはユリアンが想像する以上にフィリーネ・フォン・リーゼンフェルトという女性を想っている。
本来なら手放しでミュラーとフィリーネの未来を喜んでやりたい。
しかし現実はどうなのだろうか。
それは実際に事が動き出してみないと分からないことだろう。
ユリアンは一抹の不安を覚えながら、目の前のフィリーネとカリンを見守った。
フィリーネに詰め寄るカリンの熱は益々上がり続けている。
煮え切らないその態度が彼女の熱を上げる要因の一つになってるようだ。
「ねえ、好きなんでしょ。本当はずっと一緒にいたいんじゃないの?」
さっきから何度目の問いかけだろう。
いい加減、側で聞いてるユリアンもフィリーネが可哀相になってきた頃、それまで防戦一方だった話題の当人が遂に切れた。
「そんなこと言われてもどうしようもないじゃない!好きだからって、一緒にいたいからって自由になると思ったら大間違いよ」
「何よ、それ」
「立場ってものがあるのよ。ゴールデンバウム王朝時代に貴族と平民がおいそれと結婚出来なかったみたいにね」
「益々分からない。今は帝国だってローエングラム王朝よ。戦争だって終わったの」
「向こうは帝国軍元帥よ。私だって元はイゼルローン革命軍に所属してたわ。それなのに婚約なんて公になったら、どうなるか・・・」
フィリーネの瞳に透明の粒が溢れるのが見て取れた。
ユリアンははっとしてカリンを止めに掛かるが、彼女はそれでもひるまない。
ひるまないどころか、ユリアンの手を払いのけてまくし立てた。
「だからって、あんた諦めきれるの?本当は大好きなんでしょ。愛してるんでしょ」
「そんなこと言わせないでよ!」
「言いなさいよ。言わなきゃ、私、永遠に言い続けるわよ」
「そんなこと言われたって無駄よ。強制しないでよ」
「ダメよ。許さない。本当のとこ言いなさいよ」
「イヤよ。なんでここで言わなきゃいけないの」
「なんでって、あんたが本心を言わないからじゃない。あんたっていっつもそう。大事なところは隠すのよ。言ってよ!」
それはユリアンが長年フィリーネに対して思っていたことでもあった。
彼女は彼女にとって大切なことは決して話してくれない。
全て1人でその身の内に抱え込んでいる。
「そんなじゃ、いつかパンクしちゃうわよ」
今カリンはそんなフィリーネの部分に土足で足を踏み入れようとしている。
それはそうされた者にとって、とてつもない痛みを伴うものだろう。
想像したユリアンは心が痛んだ。
どんなにカリンが彼女を思っても、言ってはいけない、してはいけないことは確かに存在する。
だからユリアンは本気でカリンを止めようと手を伸ばしかけた。
その時。
「だって・・・」
うつむいたフィリーネの口から呻きにも似た声が発せられた。
その声音は心なしか震えている。
「私が言っちゃったら、彼は、ナイトハルトは・・・自分の地位だって失っちゃうかもしれない・・・」
今まで築いてきたものが全て無に帰する可能性だってゼロではない。
それはフィリーネを始め、この話に関わる者皆が予測可能な範囲である。まして、当のミュラーがそれを考慮に入れてないはずがないだろう。
それでも・・・
「それでもミュラー元帥はあんたを選んだのよ。分からないの、こんな簡単なこと」
「分かってる!分かってるよ、そんなこと」
「じゃあ、答えは簡単なことよ。フィル、あんたも覚悟を決めるのね」
「覚悟・・・」
「そうよ。好きなんでしょ。ずっと一緒にいたいって思ってるんでしょ。何度も言わせないでよね。愛してるんでしょ!」
「そんな・・・」
「言いなさいよ。自分の気持ちよ。さあ!」
いつしかカリンの瞳にも涙が溢れていた。
そしてフィリーネの青い瞳がそれを認識したとき、彼女の中で何かが弾ける。
今まで無意識に押さえていた何かが。
それは怒濤のように彼女を包むと、瞬く間に彼女の外にあふれ出た。
「そうよ。大好きよ。愛してるわ!ずっと一緒にいたいのよ。本当は同盟とか帝国とかどうでもいいの。ただ一緒にいたいの。なのに何故、なんでそうなの。考えちゃうのよ、本当に本当にそれがいいことなのか。分からないのよ。でも、一緒にいたい気持ちが私の一番前に来て・・・」
そこで言葉は途切れ、代わりにフィリーネの口からは嗚咽が漏れだした。
カリンが素早く彼女に駆け寄ると、その身体を抱え込むように背中をさする。
「だったら、それを元帥に伝えなさいよ。多分、元帥は一緒にいようって言ってくれるよ。」
「でも・・・」
「確かに先のことなんて誰にも分からない。でも大丈夫。フィルが選んだ人でしょ。信じなさいよ。ねっ」
「私が選んだ人?」
「そうよ。だから、きっと彼を信じることは自分を信じることに繋がるわ。その逆もそうよ」
「そう・・・なのかな」
「そうだよ。それにフィルだって今までずっとそうして生きてきたんじゃない。思い出してよ、フィリーネ・フォン・リーゼンフェルトを」
「カリン・・・」
自分を労る年下の友人を濡れた瞳で見上げると、その紫の瞳もまた濡れていた。
「ありがとう」
それだけ言うのが精一杯だった。


フィリーネは落ち着きを取り戻すと、宿泊を薦めるユリアンとカリンの気遣いを丁重に断り、彼らの新居を後にした。
「もう一度前向きに考えてみる」
と言ったフィリーネの背を見送りながら、ユリアンは独り言のように呟いた。
「あんな風に泣くんだね」
「え?」
彼に寄り添うカリンにはその言葉の真意が掴めない。
「いや、今まで彼女のあんな姿見たことなかったから」
「そうなの?」
「ミュラー元帥だけには見せてたみたいだけど、僕は一度も彼女の涙を見たことなかったから」
そう言ってカリンを見たユリアンの笑顔が何処か寂しげだった。
まるで、知らない場所に1人取り残された子供のように。
彼に絡ませたカリンの腕に自然と力がこもった。
「幸せになれるといいね」
「うん」
見上げた夜空には幾千幾万という星々が煌めいていた。



たまに登場したと思ったら大爆発のカリンです(笑)んで、ユリアンは何か可哀相な役回りに。しかしこれだけ騒いだら近所にマル聞こえなのではないかと思いながら書いてました。
オマケの翌日談:ご近所の会話
主婦A:昨日ミンツさんとこすごかったわね
主婦B:そうよね〜。痴話喧嘩だったのかしら?
主婦C:どうやらユリアンさんをめぐってカリンさんと女の人が大げんかしたらしいわよ
主婦D:あら〜三角関係ってやつかしら
主婦一同:や〜ね〜
的な(笑)なんか本編とは打って変わって下世話な話になりました(汗)
ちょっとマジメな話も・・・誤解のないように補足しておくと、うちのユリアンとフィリーネは姉弟のような関係という設定になってます。ミュラーも無意識にそれを感じ取ってるようです。あまり作品外で補足するのは好ましくないと思ってるのですが、書く機会がなかなか訪れないのであえて補足してみました。

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