薄明の果てに II







同年7月24日。ユリアン、フィリーネを含むハイネセン組は銀河帝国帝都フェザーンの地を踏んだ。
公式な招待客としてフェザーン宙港に降りた一行がまず向かった先は、この日のために彼らに用意された宿泊用のホテルだった。
そして、目的地が出迎えのランドカーから見える距離に近づいたとき、幾人かが感慨の声を上げる。
それが1年前の先代皇帝薨去の際に彼らに当てられたホテルであることを、当時その場にいて、今もその場にいる全員が覚えていたからだ。
それぞれがそれぞれの感慨を持ってホテルのエントランスをくぐり、割り当てられた部屋へ足を踏み入れた。
部屋は当時と何も変わらないままの家具と調度品が置かれ、まるで時が止まっているかのような印象を受けた。
しかし、唯一違うこと。それはサイドテーブルに置かれた卓上カレンダーが、まぎれもなく去年ではない今年を指しているということ。
いわずもがな、この宇宙にある限り、無情にも時は公平に流れているのである。
フィリーネは、サイドテーブルからカレンダーを掴み上げ、しみじみと当時を振り返った。
戦争が終わりを告げ、休むまもなくのフェザーン行き。その道中の皇帝ラインハルトとの対話。フェザーンに着いてまもなくの皇帝の容態急変と地球教との最後の攻防。
皇帝ラインハルトの薨去。
あれから、もう1年経つのだ。
そしてフィリーネにはもう1つ忘れられない出来事があった。
新帝都への道中、皇帝との会見を終えた後に交わした帝国軍上級大将ナイトハルト・ミュラーとの会話。
あの皇帝との一件がなければ、フィリーネは自分自身に関して特に考えることはなかっただろう。しかし、あの一件直後、正確には皇帝がそれを口にした瞬間からフィリーネは自分自身を考えるようになった。
ミュラーとの会話は本当にその直後のことだった。
そして、ミュラーは彼女を部屋の前まで送った別れ際に何かを言おうとしていた。
あれから今まで、1年。フィリーネが図らずもこの1年の出来事を振り返るたびに、あの時のことが思い出され、彼が言おうとしたその先を気にしている自分がいた。
ミュラーとはこの1年で少なくとも片手で数えられるくらいは顔を合わせていた。しかし、それは公式の場での大勢の中の1人としてである。あの時の回答を得ようと望んではいても、得られる状況ではなかった。
聞けば、彼は皇帝薨去後まもなく元帥に叙され軍務尚書に抜擢されたということである。とてもじゃないが同盟の一個人が気軽に近寄れる人物ではなくなってしまったのだ。
フィリーネは卓上カレンダーを元の位置に戻すと、呆れたような笑顔を作り独りごちた。
「そんな会話、覚えてると思ってる方がおかしいのかもね」

翌25日。
追悼式典を翌日に控え、ハイネセン一行は皇帝への謁見が許された。
皇帝とはいっても未だ乳児といってもよい齢1歳の子供である。故に主な公務は生母であり先代の皇后でもあり、今は摂政皇太后となったヒルデガルドがこなしている。
政務に公務に、今回は式典の準備にと多忙であろうその容貌は、しかしながら疲労の色を全くといっていいほど伺わせてはいなかった。
フィリーネは決してよく知っているわけではないこの年若い皇太后に好感を持っていた。先輩であり友人でもあるフレデリカも大好きだったが、この皇太后に対しては何故か憧憬の念さえ覚える自分を感じていた。
(いつか許されるなら個人的に話してみたい)
そんな思いさえ、誰に言わずとも抱いていた。
双方の挨拶から始まった謁見は20分ほどで何事もなく無事終了した。
内容のほとんどは今回の追悼式典と先代皇帝の遺骸の一部をオーディンに還すことについてであった。
皇太后曰く、追悼式典については出来るだけ簡素な短い式典であるということ。オーディン帰還については、オーディンにある故ジークフリード・キルヒアイス元帥の隣に先帝ラインハルトの墓標を新たに建立し、彼の遺髪をそこに埋葬するということだった。
「本当はもっと早くそうして差し上げるべきだったのですが・・・」
と皇太后ヒルデガルドは自戒とも取れる表情をその端正な顔に浮かべた。

そして翌26日、式典は滞りなく執り行われた。
それは前日皇太后が言ってたとおりの簡素で短い式典ではあった。
あったが、この式典を取り持った者、出席した者、会場には入れなかった臣民。皆が亡き皇帝を未だどれだけ敬愛しているかを伺わせるのに充分な内容であった。

式典中、フィリーネは再び思い出の海に浸った。
1年前、初めて降り立ったフェザーンは夏だというのに冷たい雨がそぼ降る地だった。例年になく天候が不順で、こんな日が何日も続いていると小耳に挟んだ。
その雨はまるで皇帝の死を悼むかのごとく連日降り続け、皇帝薨去の日に至っては暴雨となった。しかし、皇帝が薨去し、日付も変わろうかという頃、その暴雨は途端になりを潜め、フェザーン全土はこれまでにないくらい星が降り注ぐ美しい夜となった。
フィリーネはこのとき感じずにはいられなかった。
この美しい夜は、先に逝ってしまった者達ー帝国ではそこを天上と呼ぶそうだがーそこで彼らが敬愛する皇帝ラインハルトを歓喜でもって迎え入れた証なのではないかと。
ひょっとしたら、彼女らの愛して止まないヤン・ウェンリーなどもちゃっかりその中に入ってるのではなどと考えたりもし、不謹慎かとは思いながらも笑みを禁じ得なかった。

今、フィリーネ達は改めて、初代皇帝ラインハルトの死しても尚衰えることのないカリスマ性をその身をもって実感している。




<END>


や、やっとミュラー出ました。しかし名前だけOrz
ミュラーの話なのに変だ・・・おかしい!おかしい・・・
実は先にUPしておいた「夜明け前」を一時中断して、こっちに取りかかったのはそういう理由もあったりして(汗)
ミュラーの話なのにミュラー出ないのは変だろうと。
次辺りから本格的に出てくると思われます。

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