薄明の果てに T







この日、ハイネセンに銀河帝国皇帝と摂政皇太后の連名で、ある招待状が届けられた。それはローエングラム朝初代皇帝ラインハルトを偲ぶ式典への招待。
この招待状をハイネセン政府に届けた帝国高官の話によれば、これを気に先代皇帝ラインハルトの一部を旧帝都オーディンにある故ジークフリード・キルヒアイスの墓標の側に移すということだった。
つまり、先帝ラインハルトの遺骸は新都フェザーンと旧都オーディンの2カ所に分骨されるということだ。
聞けば、今回のこの分骨は実姉であるアンネローゼと皇太后ヒルデガルドのたっての希望であるいうのだ。更に、この話が帝国内で出た折には、異を唱える者は皆無に等しく、むしろ早くそうしてやればよいという旨の意見が軍部を中心に上がったという。
(それはおそらく故人であるラインハルト自身が強く願っていたことなのではないか)
と、この知らせとその背景を聞いたユリアンは思った。
宇宙暦802年・新帝国暦4年、春。
銀河帝国ローエングラム朝初代皇帝ラインハルトが薨去して、もうまもなく1年の時が過ぎようとしていた。

それから数日後、この公式の招待の随員として加わる旨の辞令がフィリーネ・フォン・リーゼンフェルトのもとに届いた。
フィリーネは現在、軍に席を置きながらも官民問わず必要とあらば出向くという仕事の形を取っていた。以前そうしていたように「通訳」としてという名目はほとんどの場において免除されているが、それでも帝国様式の礼儀作法を心得ている彼女という存在は、戦争が終結した今、2つの国の架け橋として非常に利便性に飛んでるらしく
、引く手数多な状態だ。
「他にも亡命貴族の子弟はいるだろうに」
とフィリーネは常日頃訴えてはいるのだが、その効果は全くといっていいほど無い。
ある要人に云わせれば、帝国様式の礼儀作法を持ちながら、生粋の同盟の精神という物を持っている人間はそうそういないということなのである。
更には彼女は旧イゼルローン共和政府の人間である。今や救国の英雄といえるヤン・ウェンリーに追従した者。そのことも彼女が引く手数多な要因になっているようなのだ。
「本の1冊や2冊出せば、たちまちベストセラーになるんじゃないのか?」
と、この1年の彼女を見てダスティ・アッテンボローなどは冗談半分本気半分で軽口を叩く。
そのたびにフィリーネはため息を深くするのだが、これも自分たちが望んだ世界を小さいながらも実現した成果であり、この現実を恒久的なものにするのであれば今が踏ん張りどころであり、自分がそれに必要とされるならばと決意を新たにする毎日なのである。

「それで私もその式典に同行しろと?」
「うん、忙しいのは分かってるんだけど・・・」
帝国領行きへの辞令を受けた早々に軍部に出向いたフィリーネにユリアンは申し訳なさそうに言った。
ユリアンは現在、軍を退役し、新たに政府首脳の一員となったフレデリカ・グリーンヒル・ヤンに付いて政府の頭脳の一部となっている。
「いえ、先代皇帝は知らない方じゃないから構わないの。でもオーディンまでとなると、結構な長期間よね」
「うん、それはそうなんだけど。こんなことを言うと君は怒るかもしれないけど、オーディンは一度行ってみたかった場所なんじゃないのかなと思ったから」
ユリアンの答えにフィリーネは多少の驚きを覚えた。
「ユリアン、貴方、もしかして覚えてたの?」
ユリアンが黙って頷く。
以前、といってももう何年も前にフィリーネがユリアンに言ったことを彼は律儀にも覚えていたのだ。
それは、亡くなったフィリーネの祖父母が一度オーディンを見てみたいと言っていたこと。そして、やはり亡くなった彼女の恋人がいつかオーディンに帰りたいと言っていたことを。
フィリーネは戦時中、その今はいない故人の言葉をそのままユリアンに伝えていた。だから自分の大好きな人たちが恋い焦がれた彼の地を一度でいいから踏みしめてみたいという思いと共に。
「でも・・・それはどうなの?為政者として」
フィリーネは私人としての喜びを感じながらも、公人としての考えをユリアンに向けた。
「確かに・・・職権乱用に当たるのかもしれないね」
ユリアンが苦笑する。
「そうよ。事の裏側を知れば非難する人も出るわ。それに戦時と比べて自由に行き来することが出来るようになったとはいっても、どんなに望んでもまだまだオーディンに行けない人もいるのは事実よ」
「それはそうなのかもしれないけど。でも実際、公人としての君も僕たちは期待している。それに帝国の帝室、宰相府、軍部。一貫して面識を持ってる人間は未だ数少ないというのも事実なんだ。その数少ない人間には君も入るんだよ」
「・・・・・・」
フィリーネはそう言われると何も言えなくなってしまった。
自由惑星同盟の存在が公式に帝国に認められて未だ1年。全てにおいてまだまだ発展途上である。
星間同士の新たな人の繋がりもこれから徐々にだが早急に作っていかなければならない。それには、それまでの繋がりというのも重要度を増してくる。元々の繋がりをもって新たな繋がりを作っていく。
そしてそれが完了した時、フィリーネの公人としての日々は終わりを告げるだろう。
しかし今はゴールはまだまだ見えない。おそらく道程の折り返し地点さえも見えてはいないだろう。それは、いやが応にもフィリーネの仕事はまだまだ残っているということを示している。
フィリーネは、思いがけず自分に降りてしまった辞令を複雑な思いで受けることにした。





どうも順番踏まないと所謂恋愛モノを書けないタチらしく・・・
今回も本来主役であるはずのミュラー出てきません(汗)
何してるんでしょう?たぶん、帝都で相変わらず仕事に励んでいると思われます。




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