Wieder aufzublühn wirst du gesät !
~おまえは種蒔かれ、ふたたび花咲く~ 





一番最初に目に飛び込んできたのは真白な天井だった。
此処は何処なのか。
何故に己の身体は意志に反して動いてくれないのか。
覚醒したばかりの頭は思うように動いてくれない。
理解に窮した。

「ミュラーに詫びておいてくれ」

ケンプ提督の言葉が幻の声となって耳朶を打ち、その最後の姿が浮かんで消えた。
ミュラーは短く瞑目した。
「俺は…帰ってきたのだ…」
(帝国本土に。オーディンに。敗残の身を携えて!)
それが合図とばかりに身体のあちこちが痛み始めた。
その時初めて、自分も命さえあれども重傷を追った身だったことを思い出した。
しかし失くしたものの大きさ重さを顧みれば、己の身体の痛みなぞどうでも良かった。
「くっ…」
ミュラーは苦しげに呻いた。
悔やんでも悔やみきれない思いが傷ついた全身を貫き通す。

「息子がな」
「は?」
「下の息子に土産をねだられた」
「今回、ですか?」
「ああ」
「土産、ですか」
「ああ。まあ、幼すぎて俺の仕事自体理解してないらしいから仕方ないのだがな」

開戦前に交わされたケンプ提督との会話。
普段は軍人然としたケンプが少し困ったように眉を下げるのが印象的だった。
しかしそれが家庭人としてのケンプの表情を垣間見た最初で最後になろうとは、
あの時は想像だにしていなかった。

「子供の教育には良くないだろうがな、ミュラー」
「はい?」
「ヤン・ウェンリーの首かもしれん。今回の土産は」

そう言って不敵に笑った年上の僚友は、もはや永遠に帰ってくることはない。
(俺は、俺だけが帰ってきた。おめおめと)
ミュラーは唇を噛みしめた。
任官してからこれまでも様々な戦場を渡り歩いてきた。
様々な死を目の当たりにしてきた。
同僚、上官、戦友、果てはそれ以外の老若男女。
多くの死を見、嘆き悲しんだ。
彼らを死出の旅に駆り出した名も顔も知らない反乱軍の兵士を恨んだりもした。
反面、これが戦争なのだと自分に言い聞かせ、明日への糧にした。
だが、今のこの感情は何と表現すればいいのだろう。
悔恨と怨嗟と悲しみ、そして無力感が混じり合い、極限まで高められ出口を失いうねりのたうつ。このやり場のない激情を。
(ケンプ提督だけではない。多くの将兵の命が消えていった)
そこには今まで同様「仕方ない」と割り切れない自分が居た。

「大神オーディンも照覧あれ!」

ふいに敗戦の最中、感情に任せて形振り構わず叫んだ己が思い出された。

「ケンプ提督の復讐は必ずする。ヤン・ウェンリーの首を、この手でつかんでやるぞ」
ミュラーは誓っていた。
「今はだめだ。俺には力がない。奴とは差がありすぎる……」
それは偽りではなかった。
骨の髄から思い知らされた。
「だが、見ていろ、何年か将来<さき>を!」
それは見えない敵への宣戦布告。
もしくはこうありたいと願う将来への展望。
少なくとも彼には将来<さき>がある。
どんなに傷つき倒れ、傷心したとしても歩ける道が存在するのだ。

砂色の瞳の中で病室の白が揺らめいた。
今はこの白だけが己の世界。
濃紺の深淵のごとき宇宙<そら>は、遠い。
それでも戻れる日は必ず来る。
そう信じてミュラーは己<おの>が双眸を固く閉じた。

<END>


表題は「マーラー:交響曲第2番『復活』第5楽章」 より。
アニメ版でも使われていたこの曲の第5楽章への指示は「スケルツォのテンポで、荒野を進むように」だそうです。 



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