愚者の饗宴  (後編)







 一度目が済んで放心の後、ビアンカがふと厚い胸板から顔をあげ上半身を起こした。ベッドサイドの小机から髪留めを取ると髪をざっと纏めあげて振り返った。
「どうした?」
 飴のせいで少し引きつった頬を気にしながらビッテンフェルトが気だるげに半目を開けて問うと、ビアンカは答えずに蕩けるような微笑だけを向ける。その微笑が妖しく淫らでビッテンフェルトはごくり、と生唾を飲み込む。そんな様子を知らぬ気にビアンカは手を伸ばして今度は缶を開けるといくつかキャンディを掴み取り包み紙をはがすと逞しい腹筋のあたりで指先だけで転がして固体がすぐに粘着した物体に変わるとさらに満足げに微笑し体を屈めそっと舌先でたどり始めた。
 肘をついて半身を起こす男が微かに吐息をもらすのを上目遣いに確認すると子猫がミルクを舐めるようにチロチロと動く舌先で舐めとり始める。それは見るだけで生唾を呑みたくなるような衝動が突き上げさせる。

「もう・・・いいだろう?」
「まだよ。こんなに残ってるもの。私ね、とてもお腹がすいちゃったの。」
 苦しげな表情のビッテンフェルトにそう言うと少し尖らせた唇の間に透き通った深紅のキャンディを挟んで嫣然とした笑みを浮かべた後で舌先で転がし始めた。舌と別の丸いキャンディに刺激されてビッテンフェルトが小さく吐息を漏らしたところに今度は軽く歯を立てる。
 なくなってしまうとまた新しいキャンディを指先に載せると腿の内側でまた同じことを繰り返す。やがて熱に溶けたそれらがネバネバとしてくると褐色の髪が沈み込み、別の刺激にビッテンフェルトは背中がそれこそ電流でも走ったかのようにぞくぞくと遡ってくるのをこらえきれなくなる。長くいつ尽きるともなく続く、甘い拷問についにビッテンフェルトが音を上げた。
「な・・・」
「も・・・少し。でないとお肌に飴が残っちゃう。全部、食べてあげる・・・ね。」

 答えずに観念したように瞼を閉ざしたビッテンフェルトを見てビアンカは半身を起こすと体をずらし、耳朶を何度か甘噛みした後で囁くように歌った。

「あなたは私のロリポップ、甘い甘いロリポップ、お口の中で蕩けるの。かわいいおいしいロリポップ。どうかあなたを食べさせて。私のお口で融けちゃって・・・。それとももう・・・融けちゃった?」

からかうような鼻歌を口ずさみながら見上げられると柄にもない羞恥心が込み上げ、反比例して昂ってきた分身に舌打ちしたい気分になる。
「 あのな・・・」
抗議の声を上げようとしたところで再開された悪戯にゾクッとした感覚が走り抜け、ビッテンフェルトは快感に屈服した。

「なんつう歌を・・・歌うかな。悪い子にはお仕置きだ。」
荒い息をつきながら抱き寄せて指先をあちらこちらと遊ばせるとすぐに甘い喘ぎと掠れた声が耳を擽る。
唇を重ね、舌を差し入れるとビアンカは痛いとすぐに離れて顔をしかめた。口中に飴と違う苦味が残る。
「食べすぎだな。欲張るからだ。」
「残念・・・あんなにおいしかったのに。」
辿ったビアンカのあちこちも甘い味を残していて、ビッテンフェルトの舌もだんだんと痺れてくる。

「じゃ、それ以上にオイシイめをみせてやるさ。それで我慢しろ。ロリポップもいいが・・・キャンディバーも捨てがたいだろ・・・。な・・も、挿れる?」
「その口塞いで・・・。バカ。」
「じゃ大丈夫なのか?」
「ダメ。」
「どっちのダメ?」
「我慢させないで、のダメ。」
融けてゆく飴のように四肢を、体のすべてを絡めあって落ちてゆく先は二人にもわからない。

**********

「ビッテンフェルト閣下?」
キスリングにかけられた声に我に返ると、脳内で反芻していた思い出に緩んだ口元を見られないように咳払いをひとつした。
「まぁ・・・あれだな。なかなかにいい経験だったわけで、一言で言うとあれだ・・・。そう。ヴァルハラだ。ヴァルハラが見えた。」
ミュラーが言葉の意味を理解しようと反芻していると傍らのキスリングがため息をついて肩を竦めたが、その表情は呆れているとかではなくて同意を表しているように見えるのは気のせいではないかもしれない。
「しかし、それなりに手間ではある。そうだなぁ・・・確かにあれはしばらく辛そうだったな。自業自得的面もあるが。」
ビッテンフェルトはそう言うと、トマト食べて悶絶していたからなぁと付け加えた。さすがのキスリングもビアンカのそんな姿を思い浮かべたのか噴出してしまいあわてて表情を引き締めた。だが、ミュラーにはフィリーネの怒りの方向はたぶん違うと思われて曖昧にうなずくしかない。

「クレンジング使えばよかったんですよ。そんなに舐めなくても。」
堪えかねたようにキスリングが呟き、すぐに自分のその言葉を取り消すようにグラスの酒を煽った。
「クレンジングだって?まぁいいさ、クレンジング知らなかったからあんだけ必死こいてくれたんだろうしな。こちらとしては役得だった。多少・・・そう・・・確かに肌に痛くはあるが・・・。あ。ちょっと待て。」
そう言うと立ち上がったビッテンフェルトは大またで部屋を出て行くとすぐにボディソープを持って戻った。
「あの後ビアンカがいつもと違うボディソープを使っていたがこれがクレンジングとか言う物か?確かに書いてあるな。なになに、キャンディ、チョコご使用の際はこれでお洗いください・・・だと。」
ビッテンフェルトの差し出したそれをみたキスリングが頷く。
「ほぉ。そうだったのか。気がつかなかったな。なんで家にはあったんだろうなぁ。」

(それは彼女が随分とルシエルとこの方の思考回路に慣れてきたからだろう。)
キスリングは内心で濃褐色の髪の女性に同情とも仲間意識ともつかない感慨を抱く。
「しかしなぁ、正直俺はチョコが好みかな。舐められるのも大変だ。まだ体が痛むからな。ま、甘いものは当分いらんな。やはりこれが一番だ。」
ビッテンフェルトはすぐに大きな声を立てて笑うとグラスに注がれたウィスキーを飲み干した。

(クレンジングってなんだよ?それ?)
一方、二人のやりとりを聞くミュラーは新事実の登場に脳天を殴打されたかのような衝撃をうけていた。
(クレンジングって、そんなの品物に入ってなかったぞ。え?それがないと洗うのが大変て・・・。俺はどうもないけど・・・)
そこまで考えてミュラーはひとつの事実に思い至る。フィリーネは行為に応じてはくれたものの最後まで恥ずかしがって彼には『それ』を使ってはくれなかったということを。ルシエルから贈られてきたチョコはそのすべてが彼女の体に纏われ、彼自身の体にはわずかしか接触してないということを。クレンジングを使わなかった彼女の体がその後どうなったのか?ふとビアンカからビッテンフェルトに送られたメールを思い出し、ミュラーは頭を抱え込みたいのを辛うじてこらえていた。

********


長い長いCMを終えてまた現れたMCは今度は眼鏡をかけて知的な雰囲気を装っていた。
『大人の心理テスト、つづいては第二弾に進みたいと思います。覚悟はよろしくて?』

「あれ?終わってなかったのか?この番組?」
「なんかこう・・・タレントの気合が入ってないか?」

『あなたは懐かしいお友達を家に迎えようとしています。さておもてなしにあなたが用意したものは次のうちのどれかしら?1番、手作りのケーキ。生クリームはピンクに泡立ててロマンティックかつエロティックに。2番、え〜手作りなんてそんなのナンセンス、ハイセンスにケータリングで決まりでしょ。オリエンタル&エスニック。点心セット。3番、やはり歓迎といえばがっつり肉食でしょ。チキンのロースト、アメリカンサンクスギビング風。CMの間にお選びくださいね。』

「これはまた・・・質問からすでに怪しげな方向への気合を感じる。いったいどんな深層心理がこれで暴かれるというんだろうなぁ。」
「今回ばかりは見ておくだけにしますかね?」
「それもつまらんだろう。乗りかかった船には乗ってみよ。人には添うてみろ、とも言うことだし。」
「閣下、それ使い方が違うと思いますが。」
ビッテンフェルトとそんな会話をしていたキスリングが、クレンジング、クレンジングと呪文のように唱えていたミュラーの頭をはたく。
「黙れ。鬼畜生臭片手落ち。そうだ、ミュラー今度はお前から選べ。その内心でどんなことを考えてるか興味がある。さっきは残り物を選んだから本心と違うとか言い出しそうだったしな。」
「・・・・じゃ。2番。って俺料理できないし。お前だってそうだろう?」
「俺は1だ。ウケそうだし。」
問われた主ではなくビッテンフェルトが先に答える。見かけからは想像を絶するが、この男なら本当に作り上げそうだ、とミュラーは思うが言葉にはしない。
「俺は・・・食いたいんだよな。がっつりと。・・・3だな。」
本当に腹が減ってきた、アボカドディップを塗ったバゲットを食いちぎりながらキスリングが答えた。

『答えは出揃ったかしら?坊やたち、これでわかるのはあなたの性的嗜好。夜のお好みなのよ。あら、どうしたのかしら?顔色がよくないようね。安心して、ここでのことは秘密だから。』
タイミングよいMCの語り掛けにいい年になろうという3人の男たちが思わず首肯する。

『じゃ、いいわね。まずは1番を選んだそこのあなた。』
「お。俺か。」
『素直にただのケーキをおとなしく作っておけばいいのにそこに余計なものを持ち込むあなた。好奇心旺盛で興味のあるプレイは実行しないと気がすまないのではなくて?しかもスタミナもたっぷり。体力バカに陥いる危険があるわ。相手の反応はキチンと見ている?演技、されてないかしら?ま、変態行為や犯罪行為には縁のないすこぶる健全な思考回路だからお相手に嫌われないように回数と時間はセーブしつつ日々のライフをお楽しみなさいね。よくって長持ちだけが男の取り柄じゃないのよ。』
画面の向こうで腕を組みあごに手を当てたMCは鼻でふふんと笑う。
「体力バカ・・・・。俺は脳まで筋肉ではないぞっ!」
ビッテンフェルトは画面に向かって吼えた。が当人以外の人物はおとなしく口を緘することにしたらしい。
「なんだ?貴様ら!その沈黙は俺が筋肉ばかりだとでも・・・!!」
「あ、閣下。次の回答が始まるようですよ。ほら、あまりアツくならないほうが。」
なだめられてとりあえず口をつぐむビッテンフェルトであった。

『では次、2番を選んだあなたの番ね。いつも安全策を取り、大きく道を外すことはないあなた。あなたは人に思われてる以上に自分が他者からどう見られているかを気にするタイプのようね。それでいて誰かの後塵を拝することは我慢できない。ようは見栄っ張りの負けず嫌いってとこ。自分の内なる欲求をパートナーと楽しむにも手順を考えてしまうの。爆発、する前に自分を開放してしまいなさい。大丈夫、犯罪的行為以外は案外受け入れてくれるものよ。あ、SMとかは事前に確認必要でしょうけどね。そうそう用意周到なのに他人任せで結構重要なミスをするのがこのタイプの特徴でもあるのよ。詰めは大事よ。』
「卿、穏やかな顔の下でそのように悩んでいたとは・・・なんかこう・・・色々と大変だったのだな。いかんぞ。気の使いすぎは。俺を見習ったほうがよいのではないか?」
「いや。それはそれで色々と問題が・・・」
「なんだとぉ?家主であり上官である俺に文句があるとでも?」
「文句ではなく事実を述べているだけですよ。先ほども言っていたではないですか『誰かの後塵を拝するなど我慢できない。』と。そのようなヤツですから閣下の真似などとんでもないと。」
多少の酔いは感じさせるもののキスリングに涼やかに断言されればビッテンフェルトにはもっともにも感じられる。
「まぁよいさ。今夜のことはお互いの腹のうちということだ。なぁミュラー、卿には得意分野だろう?」
「そう言われるとあまり愉快な気持ちはしないのですが。」
「なぁ・・・ミュラーよ。脳内で抑えすぎるのも爆発したときに歯止めが利かなくなるというぞ。ま、適度なところで解放しておくに越したことはない。それが卿だけでなくかの人のためにもなろう。」
『体力バカ』と断じられた男に言われれば、反論したくもなるがすでに満身創痍陥落寸前状態の今宵の鉄壁にそれだけの気力は残されていなかった。

『さて3番を選んだのは・・・あなたね。』
そう言うとMCはふーっとため息をついて伊達めがねを直す。
『お肉大好きなんてまだまだ嗜好が青いわね。そんな見た目どおり攻撃的なあなた、パートナーを翻弄し、苛むことで抑えきれなず快感が高まっていくのね。従順に振舞われれば嗜虐心が、反抗されれば征服欲がそそられてしまうのではない?今の相手が1年以上続いている相手ならその相手に感謝なさいね。Hのとき以外は甘んじてすべてを受け入れることね。あなたとその人の出会いは・・・奇跡としか言いようがないわ。』

画面に向かって唖然としたキスリングを傍らにビッテンフェルトはテーブルを叩いて笑い転げている。
「・・・ってか俺は大佐が気の毒になってきたような。多少の迷惑はお前の性癖の反動ではないのではないか?受け入れろ。奇跡的出会いじゃしかたない。。」
「これってたかが心理テストでしょう?見てきたようなことを言わんでください!」
「いや、大体においてお前の性格をとらえてるよ。・・・大佐に聞かせてやりたいな。これ。」
「そんなことをしたら・・・ただで済むと思うなよっ!」
第一問でコテンパンにやられたミュラーがそれだけで矛を収めようはずもない。
「人のことを鬼畜、鬼畜言っておいてお前のほうが本物の鬼畜とはな。いやぁ恐れ入った。」
「そういうお前だってあれこれ考えてるんだから同罪だ。人のこと言えた柄か!」
「お前に言われたくないよ。実践してるだけお前のほうがリアルに鬼畜だ。」
「ストレスの多い職種に就く人間は性的嗜好に於いてアブノーマルに走りやすい、ということは巷でよく言われてることだからな。特に特殊な事例でもあるまい。受け入れてくれる相手がいるならいいではないか。社会に迷惑をかけるわけでなし。」
ビッテンフェルトにあっさりと言われてしまえば、どう言葉を尽くそうとも『誤解』を解く道は閉ざされているようでキスリングは
抗議することを早々に断念しグラスの酒を飲み干した。


 床の上には空のボトルが2.3本転がり、部屋の空気もアルコールでかすかに淀んできた中男たちの声は途切れない。夜はさらに更けていくのであった。



<END>


←EX-STORY/TOP