Pleasures





 この面子でいれば、繊細なイルミネーションの輝きも、オーナメントよりも、遥かに目を引くのは仕方ない。
ナイトハルト・ミュラーは内心でそう思い、ため息をつくのを必死にこらえた。
隣でオレンジ色の髪を持つ僚友がまた、大きい声で喋るのだ。ざくざくと凍った雪を蹴散らしながら。

「女ってのはどうしてああ、言葉と心が裏腹なんだ。それを指摘すればデリカシーがないなどと言いやがる。そうは思わんかミュラー?」
「ええ、ああ…はい…」
「都合よくお答えさせて頂くのであれば、女心って言うのは複雑なんですよ」

 更に隣からは銀色の髪を持つ女性大佐が苦笑して答える。
どうして自分が挟まれる形になってしまっているのだろう、ミュラーは話半分に頷き続ける。
そもそも、ビッテンフェルト、ルシエル、そして自分というこの組み合わせ自体が妙だ。

「で。お二人は愛する恋人に、どんな格好をしていただきたいんですか?」

 ルシエルが楽しそうに赤い目を輝かせている。キスリングが見たら間違いなく手刀のひとつもくれてやっただろう。
今日の本題は、まさにルシエルの一言に集約されていた。
クリスマスまではあと数日。ビッテンフェルトもミュラーも、愛しい恋人に「何が欲しい?」と聞いたが、「特には…」とはぐらかされてしまったのだ。
特に、なんて言いながら期待している目の色には抗えまい。
守勢に定評のあるミュラーはまず、年上の同僚たるビッテンフェルトに相談した。
しかし彼もまた同じ悩みを抱えていた。そこで、と彼は思いついたのである。
攻勢に定評のあるビッテンフェルトがこの奇妙な取り合わせで、クリスマスマーケットに行こうと言い出したのだった。

「コスプレはプレゼントになるのか?こちらの希望をかなえる意味では充分なプレゼントだが」
「私もそう思います。バニースーツはギュンターも非常に喜んでくれましたから!」

 非常に、のあたりで歯切れよくスタッカートをいれるルシエルに、ビッテンフェルトが豪快に笑った。
バニースーツと聞いてミュラーは思わず、脳内でフィリーネを着せ替える。きっと似合う、だが後が怖いなと思っているとルシエルが続けた。

「化粧品、香水、アクセサリーなんかがやはり定番だと思います。私でよろしければ、フィリーネとビアンカにお似合いなものを選びますよ」

 コスプレという案に今ひとつ乗り切れないミュラーにはありがたい申し出であった。
ビッテンフェルトは腕組をして悩んでいる、ようでバニースーツという非日常の記憶を思い起こしているのは明白だ。
ルシエルが肩を竦めた。

「まあ、お二人はたっぷり稼いでいらっしゃいますからね。悩まなくても全部買ってしまえばよろしいのですよ」
「大佐はキスリングから何を貰う予定なんだい?」
「それが全く見当がつきません」
「親衛隊にクリスマスは存在しないようなものだからな」
「ええ、その通りです。イベント=仕事ですから」

 その肩がどんどんと落とされる。ミュラーが慌ててフォローを入れた。

「だけど、毎年プレゼントを貰っているんだろう?」
「…去年はすっかり忘れてました。こっちは用意したのに」
「まあな、警護の仕事をしているんだ。そんな余裕はあるまい」

 そのフォローも虚しく、ビッテンフェルトが切り捨てた。ルシエルがぐっと喉を詰まらせる。

「解かってます!すっごく解かってますけど!」
「卿の文句という名の惚気は結構だ。全部買ってしまえばいいとは乱暴だな」
「それは言葉のあやです!!私だったらそれくらいしてもらいたいんです!ああもう、何が欲しいんだろうあの馬鹿…」
「もう少し声を下げてください、二人とも」

 まだ何一つも買っていないのに、ミュラーはどっと疲れを感じた。
言い合い寸前の二人を宥めながら、ふと向かいの通りにいる人物に目を奪われる。
目立つ三人組とは自分たちのようで奇妙ではないか。それに向こうは女二人に男一人、羨ましい。そこまで思ったときにはもう声が出ていた。

「フィリーネ!」

 ミュラーの声で、ビッテンフェルトとルシエルも会話を止めて、彼の声が飛んだ方向を見つめた。
キスリング、ビアンカ、フィリーネ。三人が足を止めてこちらを振り返っている。
車道を挟んで、六人は色とりどりの瞳を数回瞬きさせた。車が何台か通ったところで、最初に口を開いたのはフィリーネだった。

「ナイトハルト…今日は用事があるって…」
「そ、それは…」

 それは君も同じことを言っていたじゃないか、と言えれば良かった。だが、美しい青い瞳を伏せてしまった彼女に言葉を飲み込んでしまった。
その隣でルシエルが赤い瞳を強く燃え上がらせていた。

「ギュンター、今日はシフトが入ってるって言ってたじゃない!」
「ああ、そうだ。今朝までのシフトが入っていた。そういうお前こそ、今日は家にいると言ってなかったか」

 静かにキスリングは答えていたが、車道にまでばちばちと火花が散っているのが他の四人には見えた。
ビアンカがため息をついて、とりあえず、と声を出した。

「喧嘩をするにも何をするにも、これでは駄目ね。そこの喫茶店に入りましょう」

 猪突猛進であるビッテンフェルトがそうだな、と大股で歩いて行ってドアを開けた。
今度はテーブルを挟んで、六人は相対することになった。
女三人対男三人ではなく、歩いていた三人同士が向かい合わせになることに、ミュラーはいたたまれない気分になった。
フィリーネは困ったようにも残念なようにも見えるし、ルシエルとキスリングは無言のままだ。ビッテンフェルトは六人分のコーヒーを頼み、ビアンカがそんな全員を見回して腕を組んだ。
 最初に先陣を切ったのは、やはりビアンカだった。

「あのね、フリッツ。皆さん。ネタばらしになっちゃうけど許してね。今日キスリング准将とフィリーネと一緒にいたのは、貴方とミュラー提督のクリスマスプレゼントを選ぶためだったの」

 フィリーネが、ビアンカの名前を呼んで、ミュラーの砂色の瞳をちらりと見やって俯いた。
ミュラーが声をかけようとしたタイミングで、コーヒーをウェイターが運んできてしまったので、彼はまた黙らざるを得なかったのだが。
ビッテンフェルトが熱いカップを持ちながら、豪快に笑って見せた。

「やっぱり、そんなことだろうと思ったぜ。カップルってのは考えることは一緒なんだな。フラウ・キスリング、ミュラー?」

キスリングの金色の目が弧を描いてにやりと笑った。俯いていたフィリーネは青い瞳を大きく開けてミュラーを見つめている。
対して今度はルシエルとミュラーが気まずそうに下を向いた。
早々とマグカップを空にしたビッテンフェルトが立ち上がって伝票を手にした。ビアンカもそれに倣った。

「ということで、俺達は失礼する。今度奢れよ」
「またねフィリーネ、ルシエル。ミュラー提督、キスリング准将も今日はありがとうございました」

 片手を上げて微笑んだキスリングが次に席から離れた。ルシエルがようやく顔を上げる。まだ頬は熱を持っているようだった。

「お前顔真っ赤」
「五月蝿い!」

 お前の方が五月蝿いよ、と言いながらキスリングはミュラーに目で挨拶し、そのあとフィリーネに意味ありげに微笑んだ。
ルシエルがぺこりと頭を下げ、フィリーネに手を振る。
カラン、と喫茶店のドアのベルが鳴って、ミュラーとフィリーネは大きな机に二人向かい合わせの形になった。

「ナイトハルト」
「…はい」
「クリスマスはお仕事でしょう?」
「多分、そうなるね」
「じゃあ、丁度良かった」

 どうぞ、と机の上に置かれたのは綺麗にラッピングされた、小さめの箱だった。
先ほどまでとはうって変わって、優しく笑んだフィリーネが開けてみて、というのでミュラーもリボンを解いた。

「…手袋だ」
「そう。キスリング准将から聞いたの。『雪が積もるたびに凍傷寸前になるほど雪だるまを作る』って。今もそうなの?」

 その一言を聞くまで、ミュラーは最高に幸せであった。つかの間の幸せとはこのことか。あいつ、覚えてろよ。
ダークグレーの皮の手袋を嵌めてみながら、内心で舌打ちをする。きゅ、と音をさせて両手を閉じたり開いたりしながら、ミュラーは答えた。

「昔。士官学校生のときの話だよ」
「残念。今年は大雪だって言うから、作ってもらおうと思ったのに」
「…そうだね。この手袋があるから凍傷はしなさそうだよ」

 フィリーネの手を、皮手袋越しのミュラーの両手が優しく包んだ。

「ありがとう。とてもあたたかい」

 フィリーネがその言葉にうっとりと、青い目を細めて笑った。多分今、自分も同じ顔をしている。
ルシエルの言葉を思い出す。悩まなくとも全部買ってしまえばいい。確かに今、そんな気分だった。


 
 喫茶店を出たルシエルとキスリングは黙ったまま来た道を戻っていく。
ルシエルは大変困っていた。ビッテンフェルトとミュラーにアドバイスらしきものをしたが、肝心のこちらの質問をしそびれてしまったのだから。
少し前を歩くキスリングの背中を恨めしく眺める。
『ギュンターは何が欲しい?』
どんなに可愛く聞いたとしても、返ってくるのは毎年同じ。『休み』そればっかり。形になるものを答えて欲しい。だけど車のパーツやバイクの話をされてもルシエルとしては範疇外だ。

「ルシエル。ほら」

 不意に差し出された手は、白い手袋に覆われている。振り返った横顔が、疲れているのを物語っている。
ルシエルが指を組み、繋いだ。薄い手袋の向こう側から、ほのかな熱。
もう片方の手も空いているところを見ると、ルシエルの思い至ったところはひとつ。

「しょうがないなあ。今日はこれで勘弁してあげましょう」
「えらそうに」
「ギュンター、今年は期待するからね」
「…24日も25日も仕事だ。26日には帰る」
「知ってるよ」
「悪い」

 今度は家で待っててくれ、頼むから。とダメ押し。意外と照れ屋で、イベントごとには疎い男が女性二人に何を吹き込まれたかなんて聞かなくたってわかる。
今度はきちんと家にいよう。24日か25日にはきっと、うんと、嬉しいプレゼントが届くはず。
それまでにもう一度、彼へのプレゼントをミュラーに打診してみよう。ルシエルはキスリングの隣に並んで、一人頷いた。

「とりあえず、手袋は外してくれる?」

 ルシエルは待ち切れなさそうに、誘惑の視線をキスリングに向けた。



 不穏な空気を纏っていた二組と別れ、ビアンカとビッテンフェルトはタクシーの中にいた。
寒いからとビッテンフェルトは言葉より先にビアンカを抱き寄せて、肩口に頭を埋めた彼女が思い出すことはひとつ。
バニースーツを着せられた帰り道のこと。そしてその犯人は今どうしているか。

「ルシエルったら一体今度は何を吹き込んだのかしら」

 ビッテンフェルトにとって、その言葉はいわば『次はあんな格好しないわよ』と聞こえてしまう。
残念なことに、ルシエルに衣装の調達を頼むのも忘れてしまった。ビアンカの髪を大きな手が撫でた。

「化粧品、香水、アクセサリーが定番だと言ってたな」
「本当?下着とか、服とかではなく?」
「その上いっそ全部贈ってしまえ、だと。それが出来んから相談したんだがな」
「ふふ」

 ビッテンフェルトの腕の中で、ビアンカが楽しそうに笑う。
どうも自分が後手に回っている気がする。ビッテンフェルトは腕の力を緩めて何が可笑しい、と聞いた。

「ちゃんと考えてくれているってわかっただけでも、充分嬉しいわ。だからありがと。でもプレゼントも楽しみよ」
「とりあえず今やれるモンは、この身ひとつだ。お前からのプレゼントも期待してるぞ」
「じゃあ、お互いに、まずはひとつ目のプレゼントってことね」

 最後の一押しにフェザーン育ちのたくましい一面がちらりと覗いて、ビッテンフェルトは敵わないなと腕に込める力を強めた。官舎まではもう少し。

<END>


Heaven's Kitchen」のすぎやま由布子様より頂きました。ありがとうございます!今回もすぎやまさん宅の隊長&ルシエルさん。更に「真帆片帆」のゆうやんさん宅のビッテン&ビアンカ登場です。
遅れてやってきたクリスマス!最高です!年末最後の最後で悶絶させて頂きましたwまさしく今年一年の総決算、禿萌え悶絶ニヤニヤ祭りですww劇中登場するバニーに関するお話はゆうやんさんのサイトにて拝読できます。