a guilty conscience





〜ミュラーとビアンカ編〜

(・・・頭が痛い・・・。何か・・・とんでもない話をしたような気がするけど・・・思いだせん・・・。しかし、この感じでは思い出さないほうがいいような気もする・・・)
先日の酔いはヒドかった。酒こそは抜けたもののビッテンフェルトとの会話を思い出そうとすると痛む頭を軽く抑えながらミュラーは摂政太后ヒルダの元へと歩を進めていた。

「ミュラー閣下も太后陛下の所へ行かれるのですか?」
背後からかけられた声にミュラーは常の彼らしくもなくはっきりとわかるほどに肩が震えた。
「あ、あの急に声かけすぎましたか?考え事の途中でしたら申し訳ございませんでした。」
振り返った視線の先には目を丸くした女性が一人。
「あ、そ、そんなたいしたことを考えてたわけではないから。気にせずともかまわないよ。フラウも太后陛下のところへ?」
「はい、午前中の内務省との会見のまとめをご報告に。そのままお昼を共にさせていただくことになってます。」
ビアンカは主席補佐官という役職上ヒルダのそばにいることが多い。摂政として政務に多忙なヒルダではあるがなるべく息子といる時間も取ることを希望しており、理想を言えば夕食なのだが幼いアレクは眠ってしまうことも多いので、昼食を息子と取りながら必要に応じてビジネスランチも行う慣例ができつつあった。ミュラーもビアンカ同様に今日は昼食をヒルダと共にする予定である。

 先日、ミュラーはビッテンフェルトと酒を飲んだ。それも詳細こそ忘却したものの途中から後ろめたい話題を肴にして。
地味なスーツを着ていても確かに彼女の『そこ』はかなりの存在感を発していて、ミュラーは悟られないように生唾をゴクリと飲み込んだ。フィリーネの顔にこの体がついていたらどんな風になっていたのだろうか・・・。それまではそんなことを意識したこともなかったのに、どうしても視線が問題の場所へと滑り降りようとするのをミュラーは理性で持ちこたえた。ひとたびそれを許してしまえば、忌まわしい記憶が一気に噴出する予感がする。

『片手に余るほどの・・・弾力もすさまじく・・・』
ビッテンフェルトの声音で意味不明な言葉が耳元に蘇り、ミュラーはそれを追い出そうとするように自分の耳を手でバシバシと叩く。
「あ・・・あの。閣下?」
そんなミュラーの中の葛藤を知りもせずに歩く二人の前に小さな影が走り出し、ビアンカの胸に飛び込んできた。
「ビアンカ、今日僕たちとお昼食べるんでしょ?迎えに来たんだよ。」
「これは陛下。わざわざのお出迎えありがとうございます。」
幼児らしい愛らしい声の持ち主を見れば彼らの主君である皇帝アレクサンデルが亡き父親によく似た金髪に蒼氷色の瞳で笑いかけてきた。母親と共に行動することの多いビアンカはアレクにもなじみが深いらしく、宮廷の女官たちに接するような気安さで彼女にも接しているらしい。
「あ、ミュラー。ミュラーも一緒なんだね。お母様がお待ちだよ。今日のお昼はね、僕の大好きなのなんだ、ミュラーあててみて。」
幼いアレクに視線を合わせるように座り込んだビアンカの胸に頬を埋めるようにしながら、アレクはミュラーに無邪気な笑顔を見せる。ビアンカの方も嫌がることなく、幼い皇帝をぎゅっと抱きしめるなどして戯れている。
(あ・・・・陛下。なんてことを。・・・・だけどいったいどんな感触なんだろう・・・。羨ましい・・・かも。)
幼児の無邪気な行動である。常の彼ならば微笑ましさを感じこそすれ、そんな感情は欠片も浮かびもしなかったはずだった。だが脳裏に浮かんだ途端に無くしたはずの記憶が怒涛のフラッシュバックで蘇る。
(あ〜!!あ〜!!あ〜!!俺は気がついてしまったんだ。俺の中の内なる闇にっっ!!)
「ねぇ、ミュラー。今日のお昼はなんだと思う?ねぇねぇ。」
幼い声に現実に強制送還されるまでどれだけの時間がかかっただろうか。
「あ・・・ああ。もう年かな。飲みすぎには気をつけないとね・・・。そうですね、ハンバーグ・・・とかですかね。」

力なく微笑みつつ、思い出してしまった罪悪感とともにミュラーは深いため息をついた。



〜ビッテンフェルトとフィリーネ編〜

 自治領側の代表の言葉を通訳するリーゼンフェルト少佐の涼しげな声は、こんなにも耳に心地よかったか?と思いながらビッテンフェルトは少々ぼんやりとしていた。

 近々自治領警備兵と帝国軍合同での辺境宇宙海賊征伐の作戦行動が展開される予定である。賊の行動範囲が自治領と帝国の境目に多く警備上の主導権が問題になるため今回わざわざ合同で掃討戦を行うことが決定している。現場レベルで活動することはビッテンフェルトにはもうないが、職務上こういう会議には顔を出さねばならない。だが、実際細かい問題はすでに詰められているので彼の元に上がってくる頃には了承するくらいしか仕事がない。
 で、報告を聞きつつも思考は別方向へと漂い出ることになる。自治領側の作成した報告書の詳細を説明しているのはフィリーネだ。双方とも日常会話は両言語で不自由はないが、重大な事項ではささやかな誤解が問題となるので通訳官の存在は欠かせない。フィリーネの立ち姿は余計な肉が欠片もついていないことが簡単に想像できるほどすらりと美しい。軍服なぞに収めているのはやはりもったいないな、と先日ミュラーといる私服のフィリーネの様子をビッテンフェルトは思い出していた。

(しかし、やっぱり・・・胸だけは・・・貧相だよなぁ。)
先日危うくミュラーを激発寸前まで追い込んだ感想が再びビッテンフェルトの脳内をよぎる。もっともこれは比較対象が悪い。それは彼もよく理解してはいる。でもそう思わざるを得ないのはきっと男の悲しい性である。
(しかし、それはそれでまた違った味わいがあろうというもの・・・。豪華ディナーも毎日だと飽きてくる。そう、たまには違った趣向も・・・。あやつだとて、初めこそあのように怒りはしたものの結局同意していたしな。)
免罪符を手にしたかのごとく、自分で自分にそう言い聞かせるビッテンフェルトである。

(いかん、いかん、今は仕事中だぞ。集中だ。集中!!)
だが、一度浮かんでしまった考えはなかなか脳内を離れることはない。
『片手にすっぽりと収まるくらいの・・・』
(な、何を考えてるのだ。仕事中だ、仕事中!)
だが、忘れよう、考えまいとすればするほど思考は蛇のように絡み付いて脳裏を離れなくなる。雑念を払うかのごとくビッテンフェルトは今度はぶんぶんと勢いよく頭を振った。
「閣下?閣下?どうなさいましたか?」
かたわらに控えていた副官ディルクセンが怪訝そうに声をかけ、ふと視線を上げると向かい側に座っている自治領側の人間も同じような表情をしている。だが、この場合ビッテンフェルトにはただ一人、フィリーネの胸のうちだけが気にかかる。
(まさか・・・読まれているのであるまいな。いや、まさか。)
そう考え出すと訝しげなその表情が、彼の後ろ暗い胸の奥まで見透かしているがゆえのような気さえしてくる。

「そうですか。では、続けさせていただいてよろしいですね。」
きりりとした表情のフィリーネにあくまで職務、というクールな様子で確認されれば、ビッテンフェルトにはせいぜい重々しく頷くことしかできない。

(軍服でよかった。せめて軍服を着てくれている時で本っ当によかった。ん?こうしてみるとバックのラインはこちらが上物か?)

ビッテンフェルトは懲りない男であった。

<END>

真帆片帆」ゆうやん様から頂きました。
先日私がゆうやん様へ献上した「酒の肴は突然に」というお話の後日談です。タイトルの意味は「うしろめたい思い」だそうです。ミュラーとビッテン、何とも彼ららしい展開にニヤニヤさせて頂きました。ありがとうございました!作中に登場するビアンカはゆうやん様宅のお嬢様で、ビッテンフェルトのお相手です。才色兼備の素敵なお姉さまです。ビッテンがメロメロになるのも頷けます。次はこちらのお嬢様本人も交えて何か書かせてもらいたいという野望を抱いております(笑)元になってる話「酒の肴は〜」はゆうやん様のサイトにてありがたくも公開中です。気になるという方は上記のサイト名もしくは当サイト「LINK」内よりどうぞ。