そうだ!見舞いに行こう〜キスリング再び〜





「よお、調子どうだ」

 片手を挙げたキスリングは、珍しく楽しげに口の両端を持ち上げてベッドサイドにパイプ椅子を引っ張り出した。
先日も見舞いに来たばかりだ。マメに顔を出すようなタイプでもないのに、とミュラーは若干違和感を感じながらも、退屈しているのは事実だった。
それに、昨日見舞いに来たビッテンフェルトから貰ったプリンも消費できる。
ありがたいといつもの柔らかい笑みで、キスリングを迎えることにした。

「俺甘いのそこまで好きじゃないんだけど」
「知ってる。でも一人じゃ食べきれないし」
「ビッテンフェルト提督に悪い気もするな」
「俺がいいって言ってるんだからいいんだ」

 ぶつぶつ言いながらもキスリングはプリンを口に運ぶ。これで残りは2つになった、とミュラーも自分のプリンを手に取った。
流石に人気のある店のものだけあって、甘いもの好きじゃないとしても素直に美味しいと思えるものだった。
差し入れにするにはもってこいだなと、甘味好きなラインハルトがつい脳裏によぎるあたり、ワーカホリックなキスリングである。

「疲れたときには甘いものか」
「提督らしい見舞いの品だろう?確かに美味いしな」
「お前昔からこういうの好きだもんな」
「大好きというほどでもないけど、甘いものを食べると落ち着くからな」
「バレンタインとか未だにすごいんじゃないか?」

 キスリングからしたら何気ない一言だっただろう。しかし先日ミッターマイヤーからの「恋人はいないのか」という手痛い質問を思い起こさせて、ミュラーは目を伏せた。出来たら話題にされたくなかった。滑らかなプリンのカラメルすら苦く感じる。
キスリングは2月になると、ミュラーからおすそ分けや差し入れだと菓子をよく持ってくるのを覚えていた。
多分殆どが『本命』と言われるような気合の入ったお菓子も、彼にとっては重たいものでしかなかったらしい。

「俺の量ですごいなんていってたら、ロイエンタール提督やファーレンハイト提督、他の方々はどうなるんだよ」
「いやそうだけど」
「お前だって貰うだろ?親衛隊長になってから女官が騒いでるんじゃないか?」
「俺は本命一択だ」
「その本命はいつ紹介してくれるんだよ」

 ミュラーからしたら何気ない一言だっただろう。しかしキスリングにとっては言われたくない一言である。昔のように可愛い猫はここにはいない。空になったプリンの容器をベッドサイドに乱暴に置いた。手ぶらでここに訪れたわけではない。キスリングは足元から重たそうな紙袋を持ち上げて、ミュラーの寝ているベッドの上に置いた。

「何だこれ」
「見舞いの品。この間は仕事帰りに顔見に来ただけで悪かったからな」
「別にそんなの気にする間柄でもないだろうが…」

 素直にありがとうと言うつもりではあったミュラーは紙袋の中身をちらりと確認して、固まった。
部屋に入ってきたときのキスリングのあの楽しそうな顔。昔からそうだった、彼は悪巧みをしているときが一番楽しいそうに笑うのだ。

「おい…」
「疲れたときには甘いものだろ」
「本は甘くない!」
「本は、な。女の体も似た様なもんだ、それやるよ」

 中身は所謂いかがわしい本だった。新品に混ざって、古いものまで。
明らかにいらなくなったものまで押し付けられている。ミュラーはうんざりという顔をしてため息をついた。
娯楽は確かに必要だし、女に興味がないわけじゃないんだ、ミュラーの頭の中でミッターマイヤーやビッテンフェルトらの顔がぐるぐると回る。

「何だよ、嬉しくないのか?必要物資だと思ったのに」
「プリンの方がよっぽど贅沢品に思えるくらいにはな」
「好みじゃなかったんなら返せよ」
「嫌だ。見舞い品なんだろ」

 だったらケチつけんなよ、とキスリングが楽しそうに笑って軽快に病室のドアへ向かった。
確かに返す言葉もないミュラーは、さっさと帰れと言わんばかりに犬猫を手で追い払う仕草をした。
音もなくドアは開いて、キスリングは片手を上げながら、背中を向けたままふいに彼の名前を呼ぶ。

「ミュラー」
「何だよ」
「…さっさと戻って一杯奢れよ」
「言われなくても」

 ドアが閉まらないように片手で押さえて、指でこつこつと扉を叩きながらキスリングはそう、いつもの低い声で言った。
それが本当は一番言いたかったことなのだろうと察したミュラーは、いつも通りの抑揚を抑えた声で穏やかに答える。
また音もなくドアは閉じられ、沈黙に包まれた白い部屋が姿を現して、ミュラーは別の意味でため息が出た。
早く戻りたい。
少しずつそう思えるようになってきた自分に、安堵する。
そしてようやく、この部屋に不釣合いな、彼の持ってきた見舞いの品をどうしようかと思案するのだった。

<END>





Heaven's Kitchen」のすぎやま由布子様より頂きました。
もともと私、すぎやまさんの書かれるキスリングの大ファンだったのですが、まさかこういった形で書いて頂けるなんて!しかも突然の贈り物だったので、嬉しくて嬉しくて卒倒しそうになりました(笑)
番外編「祝賀」後にキスリングとルシエルの間で交わされた会話。ルシエルはすぎやまさんのサイトのキスリングのお相手です。未読の方は上のサイト名or拙宅のリンクからどうぞ。オススメです!大人カッコイイ二人が満載です。
さて、今回頂いたお話。相手のことを思って素敵な思い出に留めるというルシエルと何も言えなくなってしまうキスリングに、私、萌え爆発しまくりでしたw
そして、ミュラーの事を心配するキスリング。でも、ごめんなさい隊長。この後、ミュラー突っ走るんですwええ、ノンストップでww(本編参照w)
すぎやまさん、今回は素敵な作品を本当にありがとうございました!