幸福エゴイズム





 官舎に戻れば、ルシエルは寝室で眠っていた。
いや、この場合眠っていたより延びている、の方が正しいだろう。
また今夜もずいぶん飲まされたらしい。新年の祝賀の席では、毎年誰かが彼女と呑み競わされる。

「今年は何人ぶっ潰したんだよ、この酔っ払い」
 
 必要以上とも取れるくらいの装飾が重たい軍服の上着をルシエルに向けて放り投げる。
空を舞った軍服は、じゃらじゃらしゃらしゃらと音を奏でながら、ルシエルの頭に見事に直撃した。

「痛ぁ!!なになに?新年早々何のテロよ!?」
「テロじゃない。そんな格好で寝てるお前を思いやっての行動だ」
 
 下着姿でシーツに突っ伏していたルシエルは、そりゃあどうも、と憎たらしげに軍服を見つめた。
長い銀髪に飾り紐や釦が絡みついて、解けない。

「ギュンター鋏とって」
「諦めが早いな」

 早々に諦めの声を放つルシエルの隣にキスリングは腰掛けた。
サイドテーブルのランプをつけて、髪と絡んだ装飾品を解いていく。

「素直に、長い髪の方が好きだって言えばいいのに」
「何度も言っただろ」
「痛いってば、ひっぱったら切れちゃうって!私の髪細いんだから」
「動くなって。…なぁ、ルシエル。変なこと聞くぞ」
「何よ」
「お前さ、もし敵同士で俺と出会っていたらどうしてた?」

 ルシエルの赤い目がランプの光に照らされて、煌々と燃えているみたいに光った。
飾り紐がするりと銀糸を割いて、解ける。

「…どうって言われてもなぁ。好きになどならないかもしれないじゃない?」
「そこはせめて好きになって困ったとか言えよ」

 可愛げないな、と手を動かせば釦が髪から外れる。

「そうね、好きになったと仮定しても、私貴方には言わないと思う」
「何故」
「何よりも立場を優先している貴方だからこそよ。ギュンターには言えない。そして一生片思いで終わるの。何度も思い出せる、綺麗な思い出にしておくの」
「しおらしいな、お前らしくない」
「私らしさを殺してでも、貴方の大事なものを守るってことよ」

 カフスがカチン、と音を立て、ルシエルの髪と軍服がようやく離れた。
邪魔者は床に舞って、音もなく静止した。

「まだ酔ってるなお前」
「そうかしら?」

 確かめてみたら?とルシエルが唇を突き出す前に、キスリングの手が彼女の頭を引いて深く口付けた。
口説かれるのは今に始まったことじゃないけれど、現実的で熱烈なんだよな、と顔が火照るのを冷めるまで散々に味わいつくす。

「酒くさ」
「うるさいなぁ。…満足した?」

 何も聞かないでおくけど、とルシエルがキスリングのオールバックを崩す。 
黄玉の瞳がライトの光でその輪郭を緩める。
子供のように少しだけ拗ねた声で答えを返す。

「…した」
「聞こえない、もーいっかい!」
「もう一回?キスだけでいいのか?」
「ちょっ、違う違う!キスじゃなくて、んっ!」
「言葉じゃ足りないし、誘う格好してるくせに反論はないだろ?」

 今年も結局いつも通りなのね、とルシエルが諦めた顔をして、ベッドが一層重い音を立ててきしんだ。
何があったかはキスリングは言わなかった。
自分のような幸せを、ミュラーは得られるのだろうか。
少なくとも彼女とでは、幸せという名前の前に立ちはだかるものがあまりにも大きい。

「…ねえギュンター」
「ん?」
「もしギュンターだったらどうするつもり?私が敵だったとしたら、諦める?」

 キスリングは押し黙った。
もし自分が、ミュラーのように惹かれたとしたら。
自分の立場だったら当然、惹かれる前に割り切って諦めて、極力接触しないはずだ。
ただ、相手がルシエルだったらと考える。自分の為に気持ちを押し殺すと言うルシエル。
そう考えただけで、何も言えなくなってしまった。

「俺も人に説教出来る立場じゃないな…」

 ルシエルの胸元にうずくまって、ため息をこぼすとくすぐったそうにルシエルが鳴いた。
この声を聞くと理性だとか建前とか、取り繕っているものが全て崩れてしまう。
自分勝手な言い訳と、心配との両方が入り混じる。友人の幸せを願うことに変わりはない。
ミュラーもそうなる前に、どうか引き帰してくれればいいのだが。
優しく頭を撫でるルシエルの指先の心地よさにまどろんで、キスリングはそう祈るのだった。

<END>


Heaven's Kitchen」のすぎやま由布子様より頂きました。
もともと私、すぎやまさんの書かれるキスリングの大ファンだったのですが、まさかこういった形で書いて頂けるなんて!しかも突然の贈り物だったので、嬉しくて嬉しくて卒倒しそうになりました(笑)
番外編「祝賀」後にキスリングとルシエルの間で交わされた会話。ルシエルはすぎやまさんのサイトのキスリングのお相手です。未読の方は上のサイト名or拙宅のリンクからどうぞ。オススメです!大人カッコイイ二人が満載です。
さて、今回頂いたお話。相手のことを思って素敵な思い出に留めるというルシエルと何も言えなくなってしまうキスリングに、私、萌え爆発しまくりでしたw
そして、ミュラーの事を心配するキスリング。でも、ごめんなさい隊長。この後、ミュラー突っ走るんですwええ、ノンストップでww(本編参照w)
すぎやまさん、今回は素敵な作品を本当にありがとうございました!